第4話「王太子の専属安眠係」
「で、今日から俺の部屋の管理はお前がやれ」
放課後、生徒会室に連行された僕に、アレクセイ殿下は開口一番そう言った。
革張りの豪華なソファに深く腰掛け、足を組んでこちらを見下ろす姿は、まさに帝王。
その横には、眉間にしわを寄せた側近や、興味津々の魔術師たちが控えている。
「あの、管理とは……?」
「掃除、洗濯、模様替え。特に寝具の調整だ」
「それって、ただの雑用係では?」
「違う。『安眠係』だ」
彼は真顔で言った。
どうやら冗談ではないらしい。
「俺は今まで、あらゆる手を尽くした。最高級の羽毛布団、魔法使いによる催眠術、薬師が調合した睡眠薬……だが、どれも効果は一時的か、副作用がひどいものばかりだった」
彼は目の下の薄いクマを指でなぞった。
その顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
「だが、お前の作る空間だけは違った。あそこで眠った数時間、俺は夢すら見なかった。目が覚めた時の爽快感は……そう、生まれ変わったようだった」
彼の瞳が、熱を帯びて僕を射抜く。
「お前が必要だ。お前の匂いと、お前の手が作り出すあの空間が」
そこまで言われて、嫌な気はしなかった。
僕の巣作りは、これまで「変な癖」として家族にも隠してきたことだ。
それを「必要だ」と言ってくれる人がいるなんて。
……いや、騙されるなルカ!
これは甘い罠だ。
相手は攻略対象の筆頭だぞ。
関われば破滅フラグが乱立するに決まっている。
「お、お断りします! 僕はただの学生ですし、そんな大役は……」
「断るなら、お前の実家の領地にある特産品の流通を止める」
「汚い!さすが王族、やり方が汚い!」
「褒め言葉として受け取っておく。で、やるのかやらないのか?」
彼はニヤリと笑った。
その笑顔が悪魔的に美しくて、腹が立つ。
「……やります。やらせていただきます」
「よろしい」
彼は満足げに頷くと、一枚の鍵を投げて寄こした。
「俺の私室の鍵だ。今すぐ行って、あの資料室と同じ環境を再現しろ。今夜からそこで寝る」
「えっ、今すぐ!?」
「一刻も早く安眠したいんだ。文句があるなら領地の……」
「行きます! 行けばいいんでしょう!」
こうして僕は、王太子の私室へ向かうことになった。
場所は学園に隣接する王宮の別館。
案内された部屋に入った瞬間、僕は絶句した。
「……なにこれ」
広すぎる。
テニスコートが二面入りそうな広大な部屋。
天井は高く、シャンデリアが煌めいている。
家具はどれも最高級のマホガニー製で、猫足のついたベッドは天蓋付き。
しかし、何かが致命的に欠けている。
「寒い……」
物理的な温度ではない。
雰囲気が冷たいのだ。
家具の配置は定規で測ったように整然としすぎていて、生活感が皆無。
色味も紺と黒で統一されており、まるでモデルルームか、高級な独房のようだ。
これでは気が休まるはずがない。
「よくこんな場所で寝ようとしてたな……」
僕は腕まくりをした。
職人としての血が騒ぐ。
この冷え切った空間を、王太子が泥のように眠れる極上の巣に変えてやる。
これはもう、生存戦略とか関係ない。
僕のプライドの問題だ。
まずは、あの無機質なベッドからだ。
シーツを引っ剥がし、クローゼットを漁る。
「あった」
肌触りの良いフランネルのシーツを発見。
予備の枕も大量にある。
全部使ってやる。
僕はベッドの上に上がり込み、枕の山を築き始めた。
頭を支えるメインの枕は少し固めに。
その周りを囲むように、柔らかいクッションを配置。
足元には抱き枕代わりのロールクッション。
さらに、窓からの光が直接顔に当たらないよう、カーテンのドレープを調整。
部屋の隅にある観葉植物をベッドの近くに移動させ、マイナスイオン効果を狙う。
最後に、持参した「ルカ特製・熟睡アロマポプリ」を枕元に忍ばせる。
作業に没頭すること一時間。
完成したベッドは、もはやベッドではなかった。
それは、クッションと布の海。
一度入れば二度と出られない、人を駄目にする魔の要塞。
「ふう……」
額の汗を拭い、僕は出来栄えを眺めた。
見た目はちょっとごちゃごちゃしているが、機能性は抜群だ。
そこへ、扉が開いた。
「……何をしている」
アレクセイ殿下が帰ってきた。
彼は変わり果てた自分のベッドを見て、目を丸くしている。
「これが、お前の『再現』か?」
「はい。見た目は悪いですが、寝心地は保証します」
僕は胸を張った。
彼は無言でベッドに近づき、恐る恐るその「山」に腰を下ろした。
ずぷっ。
体が沈み込む。
「……ほう」
彼は驚いたような声を出し、そのまま背中を預けた。
クッションたちが彼の体の形に合わせて変形し、優しく包み込む。
「……これは……」
彼は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「お前の匂いがする」
「えっ、あ、ポプリです! ポプリの香りです!」
「いや、これはお前の匂いだ。……悪くない」
彼はつぶやくと、そのまま動かなくなった。
数秒後。
「……すぅ……」
寝た。
秒殺だった。
制服も着替えていないのに。
僕は呆気にとられながら、彼を見下ろした。
普段の厳しい表情が嘘のように消え、幼い子供のような寝顔になっている。
その顔を見て、僕は不覚にも「可愛い」と思ってしまった。
……いやいや、相手は猛獣だぞ。
寝ている間にこっそり退室しよう。
そう思って足を忍ばせた時、ガシッと手首を掴まれた。
「行くな」
寝言かと思ったが、手首を握る力は強い。
「……俺が熟睡するまで、ここにいろ」
彼は目を開けずにそう言い、僕の腕を抱き枕のように引き寄せた。
「え、ちょっ……!」
抵抗する間もなく、僕はベッドに引きずり込まれた。
王太子の腕の中。
密着する体温。
甘い白檀の香り。
これは、心臓に悪い。
非常に悪い。
「あの、殿下? 狭いです」
「……うるさい。動くな」
彼は僕の頭に顎を乗せ、満足げに寝息を立て始めた。
こうして、僕の「王太子専属抱き枕」としての生活が、幕を開けてしまったのだった。




