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モブ男子のオメガが本能で極上の巣を作ったら、不眠症のドS王太子に安眠枕として捕獲されました〜逃避と溺愛の学園生活〜  作者: 水凪しおん


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第3話「逃亡生活と香りの罠」

 「おい聞いたか? 殿下がまた騎士団に無理難題を言いつけたらしいぞ」


 「今度は何だ? ドラゴンの鱗でも探せってか?」


 「いや、なんか『極上の日だまりの匂い』を探せって……」


 食堂で耳に入ってきた会話に、僕は持っていたスプーンを取り落としそうになった。

 カチャン、と乾いた音が皿に響く。

 隣に座っていた友人のダニエルが、不思議そうに僕を見た。


 「どうしたルカ? 顔色が悪いぞ」


 「い、いや、なんでもない。ちょっと寝不足で」


 嘘ではない。

 昨夜は恐怖で一睡もできなかったのだから。

 噂は本当だった。

 アレクセイ殿下は、あの資料室での睡眠がよほど忘れられなかったらしい。

 「極上の日だまりの匂い」って、それ絶対に僕のフェロモンとサシェの香りだ。

 オメガの匂いは指紋のようなものだと言われている。

 もし彼が鼻の利くアルファだったら、匂いを頼りに僕を特定することなんて造作もないだろう。


 「やばい、本当にやばい」


 僕はパンを喉に詰まらせそうになりながら、周囲を警戒した。

 いつ王宮騎士団が踏み込んでくるかわからない。


 「ルカ、お前なんかいい匂いするな」


 ダニエルが不意に鼻を近づけてきた。


 「ひっ!?」


 僕はのけぞって椅子から転げ落ちそうになった。


 「な、何言ってるんだよ! 僕は無臭だ! 空気だ! 岩だ!」


 「なんだよそれ。なんかこう、落ち着く匂いっていうか……あー、眠くなってきた」


 ダニエルがあくびをする。

 僕の背筋に冷たい汗が流れた。

 まずい。

 無意識のうちにフェロモンが漏れているのかもしれない。

 巣作りをした直後は匂いが強くなる傾向がある。


 「ぼ、僕、図書室に行くから!」


 食べかけのランチを放置して、僕は食堂を飛び出した。




 逃げなければ。

 でも、どこへ?

 寮の自室は危険だ。

 あそこはすでに完璧な巣になってしまっている。

 もし立ち入り検査でもされたら一発アウトだ。

 とりあえず、人混みに紛れよう。

 中庭には多くの生徒がいる。

 いろんな匂いが混ざり合えば、僕の匂いなんてかき消されるはずだ。

 そう考えて中庭のベンチに向かったのが間違いだった。

 ベンチに座り、教科書を開いてカモフラージュする。

 日差しが暖かい。

 そよ風が気持ちいい。

 ……あ。

 手が。

 手が勝手に。

 気がつくと、僕は鞄から取り出したタオルをベンチの背もたれに掛け、自分のマフラーを丸めて腰当てにし、即席の快適空間を作り上げていた。


 「……はっ!」


 我に返って、慌てて解体しようとした時だった。


 「見つけたぞ」


 頭上から、絶対零度の声が降ってきた。

 全身の血が凍りつく感覚。

 ギギギ、と錆びついた機械のように首を上げる。

 そこには、仁王立ちしたアレクセイ殿下がいた。

 逆光で表情は見えないが、その青い瞳だけが、獲物を狙う鷹のように爛々と輝いている。


 「……あ、あの……」


 「動くな」


 彼は僕の隣にドカリと腰を下ろした。

 そして、僕が作ったばかりの即席クッションに、躊躇なく体を預けた。


 「……っ!」


 彼の鼻がピクリと動く。


 「これだ」


 確信に満ちた呟き。


 「この柔らかさ、この角度、そしてこの匂い……。間違いない。あの時の『巣』の主は、お前だな?」


 逃げられない。

 周囲の生徒たちが、驚愕の表情でこちらを見ている。


 「あ、あの、殿下? 人違いでは……」


 「黙れ」


 彼は僕の言葉を遮り、僕の肩に頭を乗せてきた。

 ずっしりと重い。

 そして、信じられないことに、彼はそのまま目を閉じたのだ。


 「……お前がそばにいると、泥のように眠くなる。……責任を取れ」


 「はあ!?」


 「俺はこれから寝る。お前は俺が起きるまで、ここで日傘代わりになっていろ」


 「そ、そんな無茶な!」


 「拒否権はない。もし逃げたら……この学園をシロアリの巣に変えてやる」


 とんでもない脅し文句だった。

 彼は本気だ。

 この人は、自分の安眠のためなら国一つ傾けかねない。

 僕は震えながら、王太子の枕になることを受け入れた。

 周囲からの「あの子、誰?」「殿下が寄りかかってる!」「新しい側近?」という突き刺さるような視線に耐えながら。

 ああ、終わった。

 僕のモブ人生が、音を立てて崩れ去っていく。

 僕の肩で規則正しい寝息を立て始めた美しい王太子を見下ろしながら、僕は泣きたい気持ちで空を見上げた。

 雲一つない快晴が、やけに恨めしかった。

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