第17話「巣作りスランプと焦燥感」
そんなある日、僕に異変が起きた。
アレクの部屋の模様替えをしようとした時だ。
いつものようにクッションを手に取り、ベッドの上に配置しようとしたのだが……手が止まった。
「……あれ?」
しっくりこない。
どう置いても、いつものような「完璧な配置」が見えてこないのだ。
角度を変えても、素材を変えても、何かが違う。
「どうした、ルカ。手が止まっているぞ」
書類仕事をしていたアレクが顔を上げる。
「い、いえ……なんか、調子が……」
焦れば焦るほど、泥沼にはまる感覚。
ただの布の塊に見えてくる。
魔法が解けたように、空間が冷たく感じる。
「……今日は、ここまでにしておきます」
僕は逃げるように部屋を出た。
その夜、寮の自室で何度も巣作りを試みたが、どれも失敗だった。
形はいびつで、匂いもどこか尖っている。
これでは誰も癒やせない。
「どうしよう……」
僕の存在価値は、この「巣作り」だけだ。
もしこれができなくなったら、僕はただの地味なモブに戻る。
いや、王太子の秘密を知りすぎたモブとして、消されるかもしれない。
翌日、僕はアレクに会うのが怖くて、仮病を使って休んだ。
しかし、夕方には部屋のドアが激しくノックされた。
「ルカ、開けろ。仮病なのはわかっている」
アレクだ。
渋々ドアを開けると、彼はズカズカと部屋に入ってきた。
そして、僕が作りかけで放置していた、崩れた巣を見て顔をしかめた。
「……これは何だ。ゴミ溜めか?」
グサリと胸に刺さる言葉。
「……スランプなんです。うまく作れないんです」
僕は泣きそうな声で訴えた。
「もう、殿下を安眠させられないかもしれません。だから、クビにしてください」
アレクは無言で僕を見つめた。
怒られると思った。
役立たずと罵られると思った。
しかし、彼はため息をつき、僕の散らかったベッドに腰を下ろした。
「……こっちへ来い」
僕が恐る恐る近づくと、彼は僕の手を引き、自分の膝の間に立たせた。
「馬鹿な奴だ。俺がいつ、お前の技術だけを愛したと言った」
「え?」
「確かに最初は、お前の巣の心地よさに惹かれた。だが今は……」
彼は僕の手を取り、自分の心臓の上に当てた。
「お前がいないと、こいつが痛むんだ。クッションがあろうとなかろうと、お前がそばにいない夜は、寒くてやりきれない」
ドクン、ドクンと力強い鼓動が伝わってくる。
「巣が作れないなら、俺が作ってやる。不格好でも、お前を包み込むことくらいはできる」
彼はそう言うと、不器用な手つきで、僕のベッドにあった毛布を広げ、僕の肩に掛けた。
そして、後ろから抱きしめるようにして、僕を包み込んだ。
「……どうだ?」
「……暖かいです」
彼の体温と、不器用な優しさが、僕の冷え切った心を溶かしていく。
「ルカ、お前はただそこにいればいい。俺の安眠に必要なのは、技術じゃなくて、お前という存在そのものなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、僕は彼の腕の中でボロボロと泣いた。
アレクは何も言わず、ずっと僕の背中を撫でてくれた。
その夜、僕は久しぶりに、何の工夫もないただのベッドで、彼と一緒に深く眠ることができた。




