第15話「舞踏会の喧騒と二人の隠れ家」
ついに、創立記念舞踏会の夜がやってきた。
学園の大ホールは、無数のシャンデリアと魔法の光で煌々と輝き、着飾った生徒たちの熱気で満ちていた。
音楽が鳴り響き、グラスが触れ合う音がする。
「……帰りたい」
僕は会場の隅で、壁の花になりながらつぶやいた。
アレクが用意した特注のスーツは、濃紺のベルベット製で、肌触りは最高だが、僕には似合いすぎている気がして落ち着かない。
「ルカ、行くぞ」
正装のアレクが現れた。
白い軍服風の衣装に、青いサッシュ。
髪は完璧にセットされ、その美貌は暴力的なまでに輝いている。
周囲の女子生徒たちが色めき立ち、高い歓声を上げる。
「ひっ、無理です! あの中に入ったら蒸発します!」
「俺の手を離すな」
アレクは有無を言わせず僕の手を取り、ホールの中央へと歩き出した。
スポットライトが当たる。
視線が痛い。
誰あの地味な子、王太子殿下のパートナー、モブじゃん、という囁きが聞こえてくる。
(胃薬……胃薬をくれ……)
音楽がワルツに変わる。
アレクは僕の腰に手を回し、軽やかにステップを踏んだ。
「顔を上げろ、ルカ」
「無理です、吐きそうです」
「俺だけを見ろ。他はカボチャだと思え」
「こんな煌びやかなカボチャ畑はありませんよ!」
僕のツッコミに、彼は小さく笑った。
「大丈夫だ。お前は可愛い。誰よりも」
その言葉と、真っ直ぐな瞳に、僕は一瞬息を呑んだ。
ダンスは何とか足を踏まずに踊りきった。
拍手が鳴り響く中、アレクは僕の手を引いたまま、ホールの外へ向かった。
「で、殿下? どこへ?」
「うるさい。人が多すぎる」
彼の表情には、疲労の色が見えた。
やはり、人混みと騒音は彼にとってストレスなのだろう。
彼が連れて行ってくれたのは、王族専用の来賓室だった。
重厚な扉を閉めると、外の喧騒が嘘のように消えた。
「……やっと静かになった」
アレクはネクタイを緩め、部屋の中央にあるソファに倒れ込んだ。
「ルカ、こっちへ」
手招きされるまま近づくと、ぐいっと腕を引かれ、彼の上に倒れ込む形になった。
「ちょ、殿下! 服がシワになります!」
「構わん。……今すぐ、ここを『巣』にしろ」
「えっ、ここで?」
「そうだ。今、猛烈に眠い。だが、このままでは落ち着かない。お前の力が必要だ」
彼の目は半分閉じかけている。
僕はため息をつき、部屋を見回した。
予備のカーテン、装飾用のテーブルクロス、クッション。
素材はある。
「……わかりました。でも、少し離れてくれないと作業が……」
「嫌だ。このままでやれ」
「無理難題すぎます!」
結局、彼をソファに座らせたまま、僕は彼の周りにクッションを積み上げ、カーテンをふんわりと被せて即席の天蓋を作り、彼の膝の上に乗りながらクッションの位置を調整するという、曲芸のような作業を強いられた。
「……できた」
薄暗い照明の中、ソファの上には居心地の良さそうな王子の隠れ家が完成した。
僕もその中に閉じ込められている形だが。
「……完璧だ」
アレクは満足げに囁き、僕をきつく抱きしめた。
「ルカ、気づいているか?」
「何をですか?」
「俺にとっての本当の『巣』は、このクッションや布じゃない」
彼は僕の胸に耳を当てた。
「お前だ。お前の体温と、鼓動と、匂い。お前そのものが、俺の帰るべき場所なんだ」
トクン、と僕の心臓が大きく鳴った。
それは、巣作り職人としての僕ではなく、ルカという一人の人間を求められた瞬間だった。
「……それ、すごく重い愛の言葉ですね」
「重くて結構。二度と逃がさん」
彼は顔を上げ、僕の唇を奪った。
甘く、深く、そして微かにミルクの香りがするキス。
遠くで聞こえる舞踏会の音楽が、二人だけの世界を祝福しているようだった。
僕はもう、観念するしかなかった。
この猛獣のような、でも誰よりも寂しがり屋な王子様の「巣」になる未来を。




