第14話「ヒロインの悩みと香りの方程式」
「ルカさん、助けて……」
放課後、僕が裏庭の木陰でこっそりと「木漏れ日の巣」を作って休んでいると、またしてもヒロインのマリーナが現れた。
今日の彼女は、前回以上にやつれていた。
目の下のクマは濃くなり、髪も少し乱れている。
「どうしたの、マリーナさん」
「……眠れないの。課題も多いし、アルバイト先のカフェも忙しいし、何より……攻略対象の人たちが、みんなピリピリしてて怖い」
彼女は涙目で訴えた。
本来なら彼らに愛され、守られるはずのヒロインが、彼らのストレスのあおりを受けて疲弊している。
これは完全に、僕がアレクを癒やしてしまったせいでシナリオが歪んだ影響だ。
責任を感じずにはいられない。
「……わかった。ここ、使う?」
僕は自分が座っていたクッションの特等席を譲った。
「いいの? 神様……!」
マリーナはふらふらと倒れ込み、僕が作った落ち葉と布の巣に顔を埋めた。
「はあぁ……生き返る……。ルカさんの匂い、ラベンダーとミルク……実家のお母さんみたい……」
「お母さんって言われるのは複雑だけど、ゆっくり休んで」
僕は彼女の背中に、予備のブランケットを掛けてあげた。
それから、彼女がより深くリラックスできるように、近くに生えていたレモンバームの葉を少し揉んで、香りを漂わせた。
柑橘系の爽やかな香りが、ラベンダーの甘さと混ざり合う。
「ん……いい匂い……」
マリーナの寝息が聞こえ始めた頃、草むらをかき分ける音がした。
「……またか」
アレクだ。
彼は僕の居場所を探知する能力に関しては、探偵を超えている。
「ルカ、お前……」
彼は僕と、僕の足元で眠るマリーナを見て、顔をしかめた。
「なぜまたその女がいる」
「疲れていたみたいで。彼女にも休息が必要ですよ」
「……お前の匂いが、混ざっている」
アレクは僕の隣に座り込み、不満げに鼻を鳴らした。
「ラベンダーと、柑橘系……。悪くはないが、俺はお前だけの匂いがいい」
彼は子供のように拗ねて、僕の肩に頭を乗せてきた。
「マリーナさんの匂いじゃないですよ。レモンバームです」
「知らん。とにかく、俺にも構え」
彼は僕の手を取り、自分の頬に押し当てた。
王太子の頬は、驚くほど熱かった。
「……お前がいないと、世界がうるさすぎる」
弱音のようなつぶやき。
普段は完璧な彼が、僕の前だけで見せる弱い部分。
それを見せられると、僕はどうしても彼を突き放せない。
「……仕方ないですね」
僕は諦めて、空いているもう片方の手で、彼の金色の髪を撫でた。
サラサラとした髪の感触。
アレクは心地よさそうに目を閉じ、僕の肩に体重を預けた。
右足元には爆睡するヒロイン。
左肩には甘える王太子。
僕を中心にして、奇妙な三角形ができあがっていた。
「これ、乙女ゲームの絵面としてどうなんだろう……」
風に揺れる木々の音を聞きながら、僕は遠い目をした。
ただ、アレクの手が僕の手を強く握りしめているその感触だけが、やけにリアルで、温かかった。




