第12話「舞踏会への招待状と生地の誘惑」
「来週の学園創立記念舞踏会、俺のパートナーになれ」
翌日、アレクセイ殿下の執務室で、彼は紅茶を飲みながらそう言い放った。
執務室は現在、僕の手によって半分ほどリラクゼーションルーム化している。
僕は持っていたクッションを落としそうになった。
「無理です! 絶対にお断りします!」
「なぜだ? 俺のパートナーになれるなど、全校生徒が喉から手が出るほど欲しがる栄誉だぞ」
「だからですよ! そんな目立つ場所に立ったら、嫉妬に狂った令嬢たちに刺されます! 僕は平和に生きたいんです!」
「安心しろ。俺の隣にいれば、虫一匹寄せ付けん」
「あなたが一番の猛獣なんですけど!?」
僕の抵抗も虚しく、その日の午後には王室御用達の仕立て屋が学園にやってきた。
執務室に運び込まれる大量の生地サンプル。
最高級のベルベット、光沢のあるシルク、柔らかな羊毛、繊細なレース。
「さあ、ルカ様。殿下の隣に並ぶに相応しい、極上の正装をお仕立ていたします」
仕立て屋のおじさんが、メジャーを持ってニコニコしている。
しかし、僕の視線は生地の山に釘付けだった。
(……あ、このベルベット、すごく厚みがあって弾力がある)
(このシルク、ひんやりしてて夏のシーツに最高だ……)
(うわ、このカシミヤ! これでクッションカバーを作ったら、絶対に人を駄目にする……!)
理性が、本能に負けた。
「……あの、触ってもいいですか?」
「もちろんですとも」
許可を得た僕は、フラフラと生地の山に近づいた。
最初は指先で確かめるだけだった。
けれど、その極上の手触りに脳がとろけそうになり、気がつけば僕は動いていた。
シルクの生地を大きく広げ、その下に羊毛の生地を畳んで敷き詰める。
丸めたベルベットを抱き枕のように配置し、隙間を埋めるようにレースをふわりと掛ける。
「ルカ様……?」
仕立て屋の声が遠くなる。
僕は完成した「最高級素材の即席ベッド」に、吸い込まれるように身を沈めた。
「……んぅ……気持ちいい……」
頬に触れるシルクの滑らかさ。
背中を支える羊毛の弾力。
すべてが完璧だ。
これが王室御用達のクオリティか。
「……おい」
頭上からアレクの声が降ってきた。
見上げると、彼は呆れたような、でもどこか楽しそうな顔で僕を見下ろしていた。
「お前、正装を作るために呼んだのに、なんで巣作りをしているんだ」
「だって……素材が良すぎて……我慢できませんでした……」
僕は生地に埋もれたまま、正直に白状した。
「ハッ、面白い奴だ」
アレクは笑い出すと、仕立て屋に向き直った。
「見たか? これが俺の選んだ番だ。生地の良し悪しを肌で理解する天才だぞ」
「は、はあ……確かに、斬新な選定方法でございますな」
仕立て屋も苦笑いしている。
「よし、この生地すべてを使って、こいつの服と、ついでに俺の寝室の新しい寝具一式を作れ」
「かしこまりました」
「えっ、寝具もですか!?」
「当たり前だ。お前がこれほど気に入った素材だ。最高の寝心地になるに決まっている」
アレクは僕の隣にしゃがみ込み、生地ごと僕を抱きしめた。
「舞踏会の夜も、終わったらすぐにこの新しいシーツの上で眠らせてやる。だから、観念して俺と踊れ」
耳元で囁かれる甘い約束。
「……シーツの誘惑には勝てません」
僕はがっくりと項垂れた。
モブの矜持よりも、快適な睡眠環境への執着が勝ってしまった瞬間だった。
こうして、僕は外堀も内堀も埋められ、王太子のパートナーとして舞踏会に出ることが確定してしまった。




