第11話「保健室の密室と理性崩壊の朝」
リネン室の扉をノックする音が、僕たちの理性を現実に引き戻した。
「ルカ君? アレクセイ殿下? そこにいらっしゃいますか?」
保健医の声だ。
僕たちは弾かれたように体を離した。
狭く暗いクローゼットの中で、積み上げたタオルの山の上、僕とアレクセイ殿下は、まるで嵐が去った後の小動物のように肩を寄せ合っていた。
シャツは乱れ、互いの匂いが濃厚に染みついている。
「……返事をするな」
アレクが僕の耳元で囁く。
その声はまだ熱を帯びていて、艶っぽい。
「無理ですよ! 鍵がかかってるんだから、中にいるのはバレてます!」
「チッ。……あと少しだったのに」
彼は名残惜しそうに僕の首筋を親指でなぞり、それから不機嫌そうに立ち上がった。
「開けるぞ」
ガチャリ、と鍵を開ける音。
扉が開いた瞬間、保健室の白い光が目に突き刺さる。
「まあ……!」
保健医の先生が、目を丸くして立ち尽くしていた。
彼女の視線の先には、タオルを巣のように積み上げ、その中心で顔を真っ赤にしている僕と、まるで自分の縄張りを守るライオンのように僕の前に立ちはだかる王太子の姿。
状況証拠は真っ黒だ。
「誤解です! これは、その、新しい寝具の耐久テストを……!」
「ルカ、言い訳は不要だ」
アレクは僕の言葉を遮り、堂々とした態度で僕の手を引いて立ち上がらせた。
「俺が彼に、オメガの本能的行動についての講義を受けていただけだ。実地でな」
「殿下、シャツのボタンが三つも外れた状態での講義は、前代未聞ですが」
先生は呆れたように眼鏡の位置を直した。
「……ルカ君、体調は落ち着いた?」
「は、はい! 薬のおかげで、その、衝動は収まりました」
嘘ではない。
アレクと密着したことで、オメガ特有の不安感や欠落感が驚くほど満たされてしまったのだ。
むしろ、満たされすぎて体が火照っているくらいだ。
「ならよろしい。ですが殿下、ここでの『行為』は校則違反ですので」
「わかっている。次はもっと防音の効いた場所を選ぶ」
「そういう問題じゃないです!」
僕は心の中で叫んだ。
保健室を出て廊下を歩く間も、アレクは僕の手を離さなかった。
すれ違う生徒たちが、驚きと羨望の眼差しを向けてくる。
「殿下、離してください。目立ちすぎます」
「嫌だ」
即答だった。
「さっきの続きをあずけてあるんだ。離したら、お前がどこかへ逃げてしまいそうな気がする」
彼は立ち止まり、僕の方を向いた。
その青い瞳には、今までにないほどの強い執着が宿っていた。
「ルカ、もう観念しろ。お前は俺の『安眠枕』以上の存在になった」
心臓がドカンと跳ねる。
「それって、どういう……」
「お前の作った巣でないと眠れない。お前の匂いがないと落ち着かない。そして、お前が他の男と笑っていると、腹の底から黒い何かが湧き上がってくる」
彼は僕の頬に手を添え、親指で唇をなぞった。
「これを『恋』と呼ぶには、少し毒が強すぎるかもしれないがな」
それは、事実上の告白だった。
モブである僕に、メインヒーローからの重すぎる愛の告白。
破滅フラグ回避どころか、特大の恋愛イベントが発生してしまった。
僕は口をパクパクさせ、結局何も言えないまま、顔から湯気を出してうつむいた。
廊下の窓から差し込む夕日が、僕たちをオレンジ色に染めていた。




