プラモ戦士プリズ マギア
空が、割れた。
青く澄んだ朝の空に、突然ひびが入るように暗い亀裂が走り——そこから巨大な影が降ってきた。
「ギ、ギアロイド……!」
街の人々が逃げ惑う。ビルほどの大きさの機械生命体が、商店街に降り立ち、建物を踏み潰そうと足を上げた。
そのとき。
空から、光が落ちてきた。
赤と金に輝く、小さな何か。
それは——プラモデルだった。
「システム、スタンダップ!」
凛とした声とともに、そのプラモデルが眩い光を放ち、等身大のロボットへと変化する。腰に手を当て、ポーズを決めるその姿はどこかかっこよくて、どこか愛嬌があって——
「キャリバーナイト・アルファ、参上!」
怪獣とロボットが激しくぶつかり合い、衝撃波が街を包む。
その様子を、商店街の二階から目を丸くして見ていた少女がいた。
神木そらは、プラモデルが嫌いだった。
正確に言うと——プラモデルを作れない自分が、嫌いだった。
「そらちゃん、また失敗したの?」
放課後の教室。隣の席の藤野めいが、そらのデスクを覗き込んでため息をついた。そこには、無残にも左腕がもげてしまったプラモデルの残骸がある。
「…………」
そらは黙って、もげた腕を拾い上げた。ショートカットの少し茶色がかった黒髪に、くりくりとした大きな目。本来なら元気いっぱいの印象を与えるその顔が、今日は珍しくしょんぼりとしている。
「お父さんの形見なんでしょ? 無理して作らなくていいんじゃないかな……」
「ちがう」
そらはきっぱりと首を振った。
「お父さんがプラモ好きだったから、じゃなくて——わたしが、プラモで戦う人になりたいんだよ」
めいは困ったように笑う。
「そんな人、いないよ?」
「いるもん! 昨日もニュースで見たじゃん、あのロボット! プラモが変身して戦ってたやつ! 絶対あれ、誰かが動かしてるんだって!」
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
めいは言葉を選ぶ。「でもそらちゃん、まだ基本的なキットもちゃんと完成させたことないじゃん」
ぐっ、とそらは言葉に詰まった。
それは、事実だった。
そらの父、神木たくみは、腕利きのモデラーだった。
一ミリにも満たないパーツを精密に組み上げ、完成したモデルに息を吹き込むように塗装する——そんな父の背中を、そらはいつも眺めていた。
父がいなくなったのは、三年前。そらが11歳のとき。
病気でもなく、事故でもなく——あの「最初の事件」のときだった。突然現れた機械生命体、ギアロイドとの戦いに巻き込まれて、父は帰らなかった。
それ以来そらは、父の部屋に残されたプラモデルキットを一つずつ、作ろうとしている。
「作れたら、お父さんと話せる気がするから…」
それがそらの、誰にも言えない理由だった。
放課後、そらはいつものように父の部屋——今は自分の工作部屋にしている六畳間——に籠もった。
机の上には、父が残した工具セット。ニッパー、ヤスリ、ピンセット、各種接着剤。そして今日挑戦するキット——「HG キャリバーナイト・アルファ 1/144スケール」。
昨日ニュースで見たあのロボットと、同じ型番のやつ。
「よし……今日こそ……!」
ランナー(パーツがつながったフレーム)を手に取り、ニッパーを構える。
ここを切って……ここのゲートをきれいに処理して……
慎重に、慎重に——
パッチン!!
パーツが机の下に飛んでいった。しかも濃い灰色のパーツ!
「どこ……どこいった……!」
机の下に頭を突っ込んで探すそら。ほこりまみれになりながら、ようやく一センチほどの小さなパーツを発見する。
「あった……って、あれ?」
パーツと一緒に、床に落ちている何かに気がついた。
小さな、赤い宝石のようなもの。
こんなの、あったっけ?
拾い上げると、ほんのりと温かかった。手のひらに乗せると、まるで呼吸しているように、かすかに光が揺れる。
「なにこれ……」
『やっと、見つけてもらえた』
「ッ!!」
そらは宝石を放り投げそうになった。声がした。宝石から、声が。
小さな宝石は床に落ちる前に空中で静止し、ふわりと浮かんだ。そして赤い光が広がったかと思うと——
「うわあああっ!」
手のひらサイズの、小さなロボットが現れた。キャリバーナイト・アルファのミニチュアそのもの——だが、明らかに生きている。目に当たる部分が青白く輝き、そらを見上げている。
「え、え、え、え——!?」
『落ち着け。敵ではない!』
ロボットは片手を上げた。声は、どこか機械的なのに、どこか子供のような。
「喋った……プラモが……!?」
『プラモではない。ギアスピリットだ。ギア次元から来た』
「ギア……次元?」
そらの頭が、ぐるぐると高速回転する。ニュースで見たロボット。昨日の朝の戦い。ギアロイド。そして——
「もしかして、あなたが……昨日戦ってた…?」
小さなロボット——ギアスピリットは、こくりと頷いた。
『正確には、俺はキャリバーの「魂」だ。モデラーがいなければ、戦えない。俺にはもう……バディが……いなくなって』
その言葉に、そらは何かを感じた。
バディが、いなくなった。
「わたしの……お父さんみたいに?」
しん、と静寂が落ちた。
ギアスピリットの目が、かすかに揺れた気がした。
『神木たくみのこと……知ってるのか?』
「!……知ってるよ!!??わたしの…お父さんだもん!!」
今度こそ、ギアスピリットは長い沈黙を挟んだ。
そして、ゆっくりと言った…。
『……そうか。そういうことか…たくみ…だから俺は、ここに引き寄せられたのかもな……』
「え?」
『たくみが最後に言ってた。「俺の魂は、娘のところに行く!」と!!』
そらの目が、一気に潤んだ。
「お父さんが……」
『ギアスピリットはモデラーと共鳴する。組み立てる意志、プラモへの愛情——それが俺たちの力の源だ。だが神木そら、お前はプラモを完成させたことがないんだろう?』
「う……」
正論だった。
ギアスピリットの目が、今度はどこか茶目っ気を帯びた色に変わる。
『作れるようになれば、俺と共に戦えるさ!!そのための「ファーストキット」を作れ』
「ファーストキット?」
ギアスピリットはそらの机の上——まさに今日挑戦しようとしていたキットのパッケージを、ちょこんと指差した。
『それだ!!』
そらは、キャリバーナイト・アルファのキットを見た。
そして、もげた腕のプラモデルを見た。
そして、父の工具セットを見た。
「……できるかな……?」
『わからん…!』
正直な答えだった。
「慰めてよ!」
『俺はモデラーに嘘をつかない。できるかどうかは、やってみなければわからない。だが……!』
小さなロボットは、そらの目の前に浮かんで、まっすぐに目を合わせた。
『たくみも、最初は下手くそだったと言っていた』
「え、ほんとに?」
『ゲート処理を失敗したり、股関節を割ったり。塗装で筆跡が残ったり。でもそのたびに「次こそ」って言いながら作り続けたら、最終的に俺を完成させた。それがすべての始まりだ……』
そらは、ぐっと唇を結んだ。
目の奥が、熱かった。
「……教えて……」
『ん?』
「プラモの作り方!!お父さんは……もういないから、教えてくれる人がいないんだよ。でもあなたなら……あなたはお父さんと一緒にいたんでしょ? だったら、知ってるはずじゃん?」
ギアスピリットは一瞬、固まった。
それから——小さなロボットが出せる最大限の、嬉しそうな声で言った。
『……俺の名は…アルファだ!よろしく、そら!』
「うん! よろしく、アルファ!」
その夜。
そらとアルファの、長い長い作業が始まった。
「このパーツ、向きがわからない」
『説明書の番号を見ろ。パーツのランナーにも番号が振ってある』
「ゲートがうまく切れない……」
『ニッパーの刃の、平らな面をパーツ側に向けるんだ。そうすれば白化しにくい』
「やすりがけって必要なの?」
『ゲートの跡が残ると接続が甘くなる。後で後悔するぞ』
「……はーい」
何度もつまずき、何度もアルファの声に助けられながら——
そらの手が、少しずつパーツを組み上げていく。
脚部。腰部。胸部。腕部——
そして、深夜。
「……できた…………!!」
机の上に、キャリバーナイト・アルファが立っていた。
塗装はまだ。モールドの彫り直しもまだ。モデラーから見れば、あちこち粗い。
でも、確かに——完成した。
そらの目から、ぽろりと涙が落ちた。
「わたし……作れた」
アルファは何も言わなかった。
ただ、ふわりとそらの手のひらに降り立ち——
完成したキャリバーナイト・アルファに、そっと触れた。
その瞬間、キットが光り輝いた。
赤い光が室内を満たし、めくるめく熱量がそらの胸に流れ込んでくる。
アルファの声が、いつもより少し、大きくなった。
『モデラー認証——神木そら。共鳴率、上昇中』
「アルファ……?」
『俺の本当の力を見せてやる。今夜はまだ練習できないが——』
どこか遠くで、警報音が鳴った。
スマホのニュース速報が、けたたましく光る。
アルファがそらに告げる。
「そら!大型ギアロイド、市街地に出現!!」
そらとアルファは、同時に顔を上げた。
そらは、涙をぐいっと拭って、立ち上がった。
「行こう」
『ああ』
「でもどうやって……?」
『お前が作ったキットを、持て。俺と一緒に——』
そらが完成したキットを手に取った瞬間。
それは光に包まれ——そらの体にも、同じ赤い光が広がり——
気がつくと、そらはプラモデルではなく、生身の体で夜空に浮いていた。
胸元に輝く、赤い宝石のペンダント。
その奥で、アルファの声がする。
『俺たちは一つになれる。それがビルダーとギアスピリットの絆だ!』
「わたしが……変身、してる?」
見下ろせば、眼下に光溢れる街。そして暗い影のような巨大な機械生命体。
そらは、怖かった。
間違いなく、怖かった。
でも——胸の奥が、熱かった。
「アルファ! 行き方は!?」
『直感に従え。俺がサポートする。お前の意志が、俺の動力源だ!!』
「わかった!」
そらは手を前に突き出し、踏み出した!
夜空を、赤い流星が走る。
翌朝、ニュースは騒然としていた。
〈速報〉謎の巨大ロボット出現?——ギアロイドを撃退!プラモデルが武器に!?〉
学校の教室で、めいはスマホの画面を凝視していた。
「……これって」
夜空を飛ぶ赤い影…。
めいの隣の席——そらの席は、空っぽだった。
「寝坊? そらちゃん、遅刻?」
その時、教室のドアが勢いよく開いた。
「ごめ〜ん!! 超寝坊した〜!!」
息を切らして飛び込んできたそらは、なぜかとても、清々しい顔をしていた。
目の下にくまがある。間違いなく徹夜だ。でもその目が、キラキラと輝いている。
めいは、そらをじっと見た。
そらはめいの視線に気づいて、少しだけ笑った。
ポケットに手を入れ、小さな赤い宝石をちらりと見せる。
「……ねえ、めい。放課後、プラモの作り方教えてくれる人、紹介してほしいんだけど。わたし、もっとうまくなりたくて」
「え? 急にどうしたの?」
「なんか……やりたいこと、見つかった気がして」
めいは首を傾けた。
そして——まあいっか、とでもいうように笑った。
「じゃあ、ホビーショップの桐島おじさんとこ行こう。あそこのご主人、プラモマニアだから」
「ほんと!? やった!!」
そらの声に、胸ポケットからかすかな声が聞こえた。
(俺も行く…)
そらは笑いを噛み殺しながら、ポケットをぽんと叩いた。
◆ エンディング前・次回予告 ◆
「プリズマギア! ビルド・オン!!」
街を救ったのは、一人の女の子と、一体のギアスピリット。
けれど戦いは、まだ始まったばかり。
ギアロイドはなぜ現れるのか。父は何と戦っていたのか。
そしてキャリバーナイト・アルファの本当の力とは——
次回「ホビーショップの謎!スナップフィットの罠!?」
「だからゲート処理が甘いって!!」
「うるさ〜い!!」
プラモ戦士プリズマギア——ビルド・オン!!
つづく(続きませんw)




