6話
◇
「──ん、んん……?」
「ウェンディ様!? お目覚めになりましたか!?」
ウェンディは、小さく身動ぎをして呻き声を上げた。
すると、メイドのナミアがウェンディの声に反応し、慌てて駆け寄って来た。
「ナミア……? 私……鍛錬場で魔法の鍛錬をしてて……」
そこまで呟いたウェンディは「ああ……」と呟く。
「そこで倒れてしまったのね。ごめんなさい、ナミア。迷惑をかけたわね」
「いえ、いいえお嬢様。ご無事で良かったです」
「ナミアが私を鍛錬場から連れて来てくれたのよね……? 重かったでしょう、ありがとう」
「──っ、い、え……大丈夫ですよ」
ナミアは一瞬だけ言葉に詰まったが、にこりと笑顔を浮かべて答える。
(そっか……ナミアが助けて、運んでくれたのね。……ヴァンの声が聞こえたような気がしたけれど……あれは夢だったのね……)
ウェンディは力なくナミアに微笑む。
無理をしてしまい、魔力が尽きそうになってしまった。
これでは、今日の鍛錬は難しいだろう。
今日はしっかり休んで、明日以降に再びしっかり魔法の鍛錬に励もう、とウェンディはきゅっと拳を握りしめ、決意した。
それから、祭典までの数日間。
ウェンディは一日の殆どを、鍛錬場で過ごした。
だけども、いくらウェンディが鍛錬を続けても、結局祭典までの間に攻撃魔法のような強力な魔法は、終ぞ発動する事は出来なかった。
そして、その間。
今までは時折顔を出してくれていたヴァンの姿も、見る事は無かった──。
◇◆◇
祭典の日、当日。
祭典は、王都にある王家が所在している大きな宮殿で行われるのだ。
その宮殿は、祭典の日だけは国民も出入りが自由で、魔法演術を行う場所にぞろぞろと沢山の人が集まっていた。
その日ばかりは、ウェンディの専属護衛騎士であるフォスターは、ウェンディと揃いの衣装に身を包み、彼女の傍らに侍る。
魔法演術の参加者は皆、宮殿内にある大きなホールの控え室に揃っていた。
ホールは観覧席もあり、天井部分は塞がれず、青空が覗いている。
専属護衛騎士を持たないエルローディアは、ウェンディの父や母と同じく、ホプリエル侯爵家の一員として祭典の観覧席に座っていた。
ウェンディ達の暮らすこの国──オードゥライヤ王国では、四年に一度祭典が行われる。
この祭典は、建国にちなんだ大きなお祭りだ。
祭典は三日三晩行われるため、近隣の国からも大勢の見物客が訪れる。
国外の貴族も多くやって来るため、この三日間はオードゥライヤの王都はとても賑わい、人で溢れるのだ。
そして、この祭典の幕開けとしての催しで、この国で専属護衛騎士と契約を交わした貴族が「魔法演術」を行う。
幻想的な世界を創り上げ、この国に住まう全ての人々の幸せを願うための催し。
その大事な幕開けの魔法演術の最後を締めくくるのが、この国一番の力を持つ専属護衛騎士と、その主人なのだ。
四年前の祭典でも、ウェンディとフォスターは魔法演術の催しの最後を務めた。
その時には既にウェンディの魔法の腕は昔に比べ、大分落ちてはいたが今現在に比べ、まだ簡単な攻撃魔法を発動する事は出来た。
だけど、その時に比べて、今現在のウェンディの魔力も、魔法の腕も確実に落ちている。
ウェンディは自身に重く伸し掛る責任と、緊張感にふるり、と体を震わせた。
「……ウェンディ様。今日はしっかり魔法を発動してくださいよ。国内の貴族が多く集まっている今、この場所で魔法演術を失敗したら……ウェンディ様は国中の笑いものです。それに……あなたのお父様はどう思いますかね」
「わ、分かってる……分かってるわ、フォスター……」
「ふん。本当に分かっているんだか……」
フォスターははぁ、と溜息を零しつつ、ウェンディから顔を逸らす。
フォスターの横顔は、忌々しそうに歪められていて、ウェンディの隣に居るのが心底嫌だ、と言う気持ちを隠していない。
ウェンディとフォスターは、魔法演術を披露する者達が順々に外に出て行くのを見つめた。
ウェンディ達より先に演術を披露している貴族と、専属護衛騎士の華やかな魔法が繰り広げられ、観客席からはわっと歓声が上がっているのが、ウェンディの耳にも届いた。
「そろそろ私たちの出番です。さっさと済ませましょうウェンディ様」
「わ、分かったわフォスター」
フォスターの声に、ウェンディは頷き、先に歩き始めたフォスターに慌てて小走りで着いて行った。
ウェンディとフォスターが舞台のホールに姿を現すと、一際大きな歓声が上がり、2人を出迎えた。
フォスターは余裕たっぷりに笑みを浮かべ、観客席に向かって軽く手を上げ、答えている。
だが、ウェンディにはフォスターのような余裕など微塵も無かった。
平常心を保つために必死で。
だからウェンディは、今までだったらウェンディを見守る為に観客席にいるはずのヴァンの姿が無い事に気付けない。
平民である国民と貴族は、観覧席が別れている。
ウェンディの家は侯爵位と言う位の高さから、観覧席は前方だ。
ヴァンのハーツラビュル伯爵家は、侯爵家より位は劣るものの、領地も隣接しているため席は近い。
だが、ヴァンの家族──伯爵や、伯爵夫人。ヴァンの二人の兄も観覧席にはいるものの、ヴァン本人の姿はそこには、無い。
けれど、やはりウェンディは余裕がなく、ヴァンの姿が見えない不自然さには気付かない。
「ウェンディ様、準備はいいですか?」
「──っ! え、ええっ! 大丈夫、よ」
フォスターの言葉に、ウェンディは深く頷く。
(だ、大丈夫──。鍛錬場では、一度も発動出来た事は無かったけど……っ、四年前はできた、もの。あの時から魔力も、腕も……落ちちゃってるけど、簡単な攻撃魔法ならっ)
祭典の参加者──、特に国民は、この国一番の魔法騎士であるフォスターの魔法演術を楽しみにしている。
時折、貴族達から送られる奇異の視線は気になるが、それでもウェンディはぎゅっと胸元で手を握り締め、そっと片腕を頭上に掲げた。
「──雷よ!」
ウェンディの澄んだ高い声がホールに響いた。
しかし。
数秒、数十秒、と時間が経とうとも。
ウェンディの声に呼応して、魔法は発動しない。
ウェンディは泣きそうになりながら、もう一度叫んだ。
「──雷よ!」
だが、結果は変わらない。
しん、と静まり返っていたホールに、ただただ虚しくウェンディの声が落ちて。そして、消える。
静まり返っていたホール。
観客席。
それが、次第にざわざわと騒がしくなり始めた。
誰かが「魔法が発動していない」と囁き、また誰かが「あれって、国内で一番力のある魔法剣士の主人……ウェンディ様、だろう」と話し。
また、誰かが「こんな簡単な魔法すら、発動出来ないのか」と、落胆の声を上げた。
そこかしこから「これがあの妖精姫?」だとか「出来損ないの妖精姫」と言う言葉が聞こえてくる。
人々のざわめきは、次第に嘲笑に変わって行く。
ウェンディが必死に声を張り上げ続ける、そんな中。
大股で歩いて来たフォスターが、腕を掲げて魔法詠唱を叫び続けているウェンディの腕を掴んだ。
「もう、やめてくださいウェンディ様」
「フォ、フォスター……っ」
もしかしたらフォスターは、全く魔法が発動する気配を見せない自分を助けに来てくれたのかもしれない──。
ウェンディは、一瞬だけそんな希望を抱いた。
だけど、その希望は即座に打ち砕かれる。
「もう何も喋らず、動かず、そこに突っ立っていてください。あなたが何かをすると、私まで嘲笑される」
「フォ……」
「──轟け、舞え……!」
フォスターは、ウェンディの言葉など無視するように彼女から離れると、高らかに叫んだ。
ウェンディが魔法を発動できないため、フォスターがウェンディの分の演術まで肩代わりしたのだ。
魔法の同時発動は、繊細な魔力制御と構築が必要なため、とても難しいとされる。
だが、フォスターはそれを難無くこなし、更には観客を楽しませようと大規模な魔法を展開した。
フォスターの魔法が発動し、観客からは「わあ!」と大きな歓声が上がる。
誰も彼もがフォスターの魔法に注目しており、広いホールの中央でぽつん、と佇むウェンディなどもう視界にすら入れていなかった。
だが、ある人々──。
ウェンディの父と母だけは、ぽつりと佇むウェンディを何の表情も浮かべていない、冷たい視線で見下ろしていた。




