5話
「あぁ……酷いわお義姉様。いくら血の繋がりがなくても……私の実の父はお義父様と親友だったのに……」
エルローディアが悲しそうな声を上げると、すぐに近くに控えていたフォスターが反応し、エルローディアに駆け寄る。
「ウェンディ様。あなたは冷たい方ですね。血の繋がりがなくとも、エルローディア様があなたの義妹となって八年でしょう。もう本当の家族のようなものなのに、エルローディア様の父上と母上の亡くなった日も覚えていないなんて……」
人として酷すぎる。
フォスターから冷たくそう言われ、ウェンディはカトラリーを取り落としてしまった。
食堂にカシャン! と大きな音が響き、不愉快そうに口元を拭ったウェンディの母がその場を立ち上がる。
「気分が悪くなったわ……。私はお先に失礼するわね。エルローディア、私の部屋においでなさい。美味しい紅茶とクッキーがあるの。美味しい物でも食べて、元気になって欲しいわ」
「あり、がとうございますお義母様……」
「エルローディア様、お支えいたします」
甲斐甲斐しくエルローディアを支え、一緒に退室するフォスターを。
一度たりとも視線を向けてくれない母を、ウェンディは傷付いた顔で見送る。
ウェンディが傷付いている、と分かっているはずの侯爵は、はあと重い溜息を吐き出して冷たく見据えた。
「部屋で反省していなさい、ウェンディ。全く……食事も落ち着いて摂れないのか……」
侯爵はぶつぶつと呟きながら、やはりウェンディには一目もくれず、そのまま食堂を出て行ってしまった。
一人残されたウェンディは、ぽつりと椅子に座ったまま、暫くそこを動く事ができなかった。
◇
「──迸れっ! 轟け……っ! 爆ぜろ……っ!」
朝食後の、鍛錬場。
ウェンディは食事もそこそこに、まるで逃げるようにこの鍛錬場にやって来て、それから数時間もの間、ずっと魔法発動の鍛錬を行っていた。
だが、ウェンディが叫び過ぎて声が掠れようとも。
魔力が尽きかけ、ふらふらになろうとも。
ウェンディの攻撃魔法は発動する気配を見せない。
「なんでぇ……っ」
悲しい、苦しい、惨めだ──。
ウェンディは涙声で呟く。
もう、魔力も底を尽きかけていて、体から力が抜けてしまう。
ふらり、と大きく体が傾き、ああこれでは転倒してしまう──。
ふらつきながらもそんな事を他人事のように考えていたウェンディの耳に、焦ったような声が届いた。
「──ウェンディ!!」
滲んだ視界の中。
シルバーの髪の毛を揺らしながら、焦った表情でこちらに駆け寄る人影が見えた。
まるでアメジストの宝石のようなパープルの瞳が見開かれ、駆け寄ってくる。
「……ヴァン?」
「ウェンディ!」
ウェンディが倒れる寸前。
何故か鍛錬場に姿を現したヴァンが、ウェンディが床に倒れ込む直前に抱き留める。
「どうして、ウェンディが鍛錬場に一人でいるんだ!? フォスター隊長は! 自分の主人を危ない目に遭わせて、彼は何をやっているんだ!」
フォスターに対して怒り、怒声を上げているヴァンに助けてくれたお礼を伝えようとしたウェンディだったが、魔力切れのせいだろうか。
体が鉛のように重く、腕を上げる事はおろか、口すら動かない。
「ウェンディ? ウェンディ……」
くそっ、と小さく悔しそうなヴァンの声が聞こえたけれど、ウェンディは体のだるさに逆らえずにそのまま瞳を閉じた。
ヴァンは、青白い顔で意識を失ったウェンディを辛そうな顔で見つめたあと、ぎゅうっと抱きしめた。
まるで大切な宝物を守るように、儚く消えてしまわないように。
「──フォスター・シュバルハーツ……」
ヴァンは恐ろしく低い声で、まるで呪詛でも吐くかのようにフォスターの名前を呟く。
「どうして、あんな男を選んだ、ウェンディ……っ。くそっ、俺がウェンディの専属護衛騎士になれていれば……っ」
悔しさ、自分の不甲斐なさがヴァンの胸中に込み上げる。
「俺が……っ、俺が情けなく怖がったりせずにウェンディに自分の気持ちを伝えていれば……っ」
ヴァンはウェンディの前髪をそっと払い、青白い顔を見つめる。
ウェンディを見つめる目は痛ましげに歪められている。
気を失ってしまったウェンディを、ヴァンはそのまま抱き上げ、使用人を探しに鍛錬場を出た。
廊下を歩きつつ、近くに使用人はいないか、とヴァンは周囲をきょろきょろと見回していた。
だが、侯爵邸の地下にある鍛錬場付近にやってくる人は限られている。
「上がらないと使用人はいないか……」
ヴァンは、抱き上げているウェンディを起こしてしまわないよう、慎重に足を進める。
「それにしても、ウェンディの体重は軽過ぎないか……? ちゃんと食べてるのか……」
細いし、軽い。
人一人を抱えていると言うのに、驚くほど重さを感じなくて、ヴァンは心配になってしまう。
鍛錬場から続く石造りの階段を登りきった所で、廊下を歩く見慣れた後ろ姿を見つけたヴァンは、ぎゅっと眉根を寄せた。
(──フォスター、隊長)
専属護衛契約をし、ウェンディの傍に侍る資格を持っていると言うのに。
ヴァンにとって、その栄誉は喉から手が出る程欲していると言うのに。
(ウェンディがこんな状態になっても、気にもとめないなんて──)
フォスターが、自分の上官でさえなかったら。
(そうしたら、俺がぶちのめしてやったのに──)
本気でやり合っても、専属護衛の契約を誰とも交わしていないヴァンには到底フォスターには敵わない。
それがいつももどかしく、悔しかった。
「──何だ……?」
何か不穏な気配を感じたのだろう。
廊下を歩いていたフォスターが不思議そうに呟き、立ち止まる。
そして、ふと振り向いた。
フォスターは、自分の背後にいたヴァンと、ヴァンの腕に抱かれているウェンディの姿を見た瞬間、不愉快そうに眉を顰めた。
「……何だ、それは? またウェンディ様は他人に迷惑をかけているのか?」
呆れきった顔で、そう言いつつフォスターが歩いて来る。
そして、ヴァンの腕の中で気を失っているウェンディを見たフォスターは、ちっと舌打ちした。
「俺に用があったのだろう? ウェンディ様など放っておけ。仕事があるんだろう」
「放っておくなど──っ」
「上官の命令を聞かないつもりか? 適当に侍女に運ばせればいい。全く……大した能力も無いくせに、出しゃばるからこうなるんだ」
ぶつぶつ、とフォスターは不機嫌そうに呟くと、ウェンディを抱いていたヴァンの腕からウェンディをさっと乱暴に抱き上げ、廊下の隅にある椅子に転がした。
「これで良い。そのうち侍女が気付いて部屋に運んでくれるはずだ。警備の話だろう? 俺の執務室に来い」
「フォスター隊長……っ!」
ヴァンが呼び止めようとも、フォスターは一切足を止める事なく歩いて行ってしまう。
「どうして、こんなに酷い事ができるんだ……」
ヴァンは悔しげに呟き、フォスターの命令を無視して再びウェンディを優しく抱き上げた。




