35話
「ふごごっ!」
「ふがふご!」
フォスターとエルローディアは、声にならない声を上げ、ソファの上で暴れているが男性の魔法で出現した蔦がじわじわと二人の体を締め上げている。
抵抗という抵抗が全くできなくなった二人は、ソファの上にごろり、と転がされている。
「何をそんなに驚いている? お前達は、この森にある邸に住む賢者に会いに来たのではないのか?」
「賢者──!?」
きょとん、と目を瞬かせて首を傾げる男性に、ウェンディもヴァンもぎょっとして声を上げる。
そして、ウェンディが慌てて言葉を返した。
「け、賢者様が住んでいるとは聞いておらず……。その、私たちはこの森──アヌジュの森に、契約魔法に精通した方が居る、と聞いて」
「ウェンディが言う通りです……。ただ、我々は魔法に明るい方がいると言う情報を聞き、参りました」
ウェンディの言葉に、ヴァンが続く。
すると、先程までウェンディにしか興味を示していなかった男性が、そこで初めてヴァンにひたり、と視線を定めた。
何もかもを見透かすような真っ直ぐな視線に、ヴァンの背筋に汗が伝う。
男性のブルーサファイアのような瞳が、ヴァンを射抜くように見つめ、そして納得したように頷いた。
「なるほど、理解した。ウェンディ、と呼ばれたお前がこの護衛騎士の主人か。確かに強い絆で結ばれているな。私の契約魔法が正しく作用しているのを見れて安心した」
「──っ!?」
「私の魔法……っ!?」
ウェンディとヴァンは男性の言葉にぎょっとして声を荒らげる。
ウェンディとヴァンの驚いた顔に楽しげに笑った男性は、優雅に足を組み換え、ゆったりと口を開いた。
「私の名前はヒュフースト。大昔には、人間は私の事を大賢者と呼んでいた。見ての通り私はハイエルフの血が入っている。……軽薄な人間は嫌いだが、純粋で人を裏切らぬ人間は……まあ、好ましい。契約魔法について聞きたいのだろう? 何でも聞け」
◇
ハイエルフの男性──ヒュフーストは、パチンと指を鳴らし、ウェンディとヴァン。そしてナミアの紅茶を魔法で用意した。
何も無かった空間に、まるで本当に「魔法」のように温かい紅茶が入ったカップが現れ、三人は落とさないように慌てて両手でそれを受け取った。
温かいカップを両手で包んだまま、ウェンディは
ヒュフーストに視線を向ける。
「──私たちは、魔法と言うものを……殆ど知らないんですね。魔法で、こんな事ができる事も。無詠唱で魔法が発動する事も、知りませんでした」
「……俺たちは、最初から魔法は詠唱言葉に呼応して発動する、と教えられてきました。……魔法に、こんな事までできるなんて……」
ウェンディとヴァンを見やったヒュフーストは、一つ頷いてから二人に分かりやすく説明するように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「そもそも、魔法は無限大の可能性を秘めている。魔法に限界なんてものは、無い。生まれ持った魔力によって、多少なりとも違いはあるが……その魔力の少なさを補うために創り出したのが、お前達が結んでいる契約魔法だ」
「この、専属護衛騎士契約が……?」
ヴァンの言葉に、ヒュフーストは頷く。
「ああ。我々エルフに比べ、人間の魔力はちっぽけだ。だからこそ魔力が増幅し、長大な魔法を使えるようになる魔法を創った」
「んむーっ!! むごご! ふごふご!」
それまですっかり存在を忘れられていたフォスターとエルローディア。
そのフォスターが、ヒュフーストの言葉を聞いて激しく暴れ始めた。
何かを訴えたいようなフォスターの行動に、それを感じ取ったヒュフーストが「何だ」と言いつつ、指先をちょい、と動かした。
すると、それまでフォスターの口を覆っていた蔦がしゅるりと解けた。
口の自由を得て、フォスターは叫んだ。
「なっ、ならば! 増幅する魔法なのであれば、どうして私と契約していたウェンディ様の魔力も、魔法の腕も落ちる一方だったのですか!? ウェンディ様の成長だって、長年止まったままだった! 増幅してくれる魔法なのであれば、私と契約していたウェンディ様の魔法の腕が落ちるはずがない!!」
ぎゃん! と必死の形相で叫ぶフォスターに、ヒュフーストは汚いものを見るような目で見下ろしつつ、口を開く。
「それはお前がウェンディを裏切るからだろう。全てお前のせいだ、この愚か者が」
あまりにもあっさりとしたヒュフーストの返答に、フォスターは呆気に取られた。
そんなフォスターを気にする事なく、ヒュフーストは続ける。
「私が創った契約魔法は、相手に対する信頼や……情、誠実さに大きく左右される。相手からの気持ちが大きければ、己の力は強く。相手からの気持ちが無ければ効果は無い」
ヒュフーストの言葉に、ウェンディは「待ってください」と口を開いた。
「ヒュフースト様の魔法は、契約が上手く結ばれ、互いに信頼関係があれば……情があれば、契約相手に力を与える、と言う認識で合っていますか?」
「ああ、概ねその通りだな」
「な、ならばっ! どうして、どうして私の成長は長年止まり……魔力も……、魔法の腕も落ちたのか……。先程ヒュフースト様はフォスターが裏切ったから、と仰いましたが相手から裏切られると──」
「ああ。この魔法は契約魔法だからな。契約を結んだ両者の間に裏切りがあれば、裏切られた相手の魔力も、能力も落ちる。……片方の情が減れば減る程に、な」
ヒュフーストの言葉に、ウェンディは唖然とした。
ならば。
「私の……成長が止まっていたのも、魔力や能力が落ち続けていたのも……っ」
「ああ。その男がウェンディを裏切っていたからだろう。明白だ」
ヒュフーストが告げた瞬間、ウェンディはフォスターを睨み付ける。
ウェンディの瞳は、強い怒りが込められ、瞳には溢れんばかりの涙が溜まっている。
「本当にっ、全部……! 全部フォスターのせいだったのですね!!」
「ウ、ウェンディ様っ、ちがっ、私は──っ」
「黙りなさい、フォスター!! この数年っ、数年もの間、あなたはずっと私を裏切り続けていたのね! 六年前から異変は始まっていたのよ、それほど前から、あなたは私を裏切り、エルローディアに好意を抱いていたのね!?」
ウェンディの言葉に、フォスターの体がぎくりと強ばり、顔が青白く変わる。
「ち、違うんですウェンディ様! わっ、私は騙されたのです! エルローディア様がっ、エルローディア様が私を誘惑したのです、私はあなたを裏切るつもりなど──」
「んぐーっ! むぐぐっ!」
フォスターは、あろう事か悪いのはエルローディアだ、と言い訳を始める。
その言葉を聞いたエルローディアは、激昂するように呻き、拘束された体をばたばたと暴れさせる。
だが、ヒュフーストは彼ら二人の拘束魔法を解く事はない。
フォスターとエルローディアは、同じソファで縛られたまま、フォスターは全てエルローディアのせいにしようとし。
エルローディアはフォスターを傷つけようと暴れる。
その光景を見ていたヒュフーストは、不愉快そうに顔を顰めた。
「醜い……。これだから人間は嫌なんだ。簡単に他者を裏切り、欺き、騙す。自分の事しか考えず、傲慢で、愚かで……救いようがない」
「……っ、仰る、通りです……耳が痛い限り、です……」
ウェンディは恥ずかしくて恥ずかしくて、謝罪する事しかできない。
ヒュフーストの言葉は尤もだ。
何一つとして間違っていない。
だが、ウェンディが申し訳なく恥じ入っていると、ふと瞳を優しく細めたヒュフーストはウェンディとヴァン。二人を交互に見やってから、口を開く。
「……だが、こうして久しぶりに真に心からお互いを思う人間を見た。ウェンディとヴァン、お前達二人は最近契約魔法を成立させただろう? その年齢で契約を成立させられる人は、少ないからな……。しかも……契約状況も上位……、いや、最上級だ」
「──えっ」
「最上級の契約成立は、私がこの魔法を王族に渡すようになって四百年ほどだが……ここ二百年ほどは見ていない」
喜ばしい事だ。
人間も捨てたものじゃないな、と嬉しそうに頷くヒュフーストに、ウェンディもヴァンも、何が何やら、といった状況だ。
契約状況?
上位、とは。最上級、とは──。
その他にも、色々と気になる単語が出てきている。
ウェンディはちらり、とヴァンに顔を向け、引きつった笑みを浮かべて口を開いた。
「ヴァン……本当に私たちは専属護衛騎士契約について、何も知らないのね……」
「ああ……無知は罪だ、と痛感した」




