3話
侯爵からの話が終わり、ウェンディとフォスターは鍛錬場にやって来ていた。
あからさまにフォスターは面倒くさそうな態度を隠しもせず、さらには憎しみさえ籠っているような凍てついた視線でウェンディを突き刺す。
「ウェンディ様。私は鍛錬の必要は無いと思います。鍛錬が必要なのはウェンディ様でしょう。さっさと魔法を発動してください。私がそれに合わせます」
「……わ、分かったわ、フォスター」
ウェンディは不遜な態度を取るフォスターに何も言う事はできず、そのまま鍛錬場の中心部まで歩み出ると、両腕を突き出した。
「光よ──っ」
ウェンディが言葉を発すると、突き出した彼女の腕、手のひらに光が収束し、パッと周囲を明るく照らす。
つまらなさそうにその光景を見ていたフォスターは、腰に下げた長剣を抜き放ち、刀身に自身の魔力を込める。
「轟け」
「──きゃあっ」
フォスターが呟いた瞬間、まるで雷が落ちたかのような轟音が劈く。
ウェンディは突然自分の近くでその音が鳴り、怯えたように悲鳴を上げた。
ウェンディのすぐ真横にフォスターが召喚した雷魔法が落ちたらしい。
床のある一点が黒く焼け焦げ、ぷすぷすと煙を生んでいる。
ウェンディは自分のすぐ側に落ちた雷に恐れ、足から力が抜けてその場にぺたり、と座り込んでしまった。
「──ぷっ」
そんなウェンディを嘲笑うかのような声がフォスターから上がる。
「まさか、これくらいの魔法に驚いたのですかウェンディ様? 私の主人であるなら、この雷を自在に操り、天に還すような魔法を使って頂かなければ……そうじゃなければ、この俺の……この国随一の魔法剣士である俺の主人として相応しく無い」
「フォスター……、が、頑張るから……」
「頑張る? ──はっ、あなたはいつもそうだ。何年も前から頑張る、練習をする、と言うばかりで実際あなたの魔法の腕は少しも上がっていない。あなたのような愚鈍な、その可愛らしいお顔しか取り柄のない愚かな妖精姫は俺に相応しくないっ!」
フォスターの鋭い怒声がウェンディの胸をぐさぐさと突き刺す。
「フォ、」
「あら、凄い音が聞こえたけど……。今のはフォスターの魔法?」
ウェンディがフォスターの名前を呼ぼうとした時。
鍛錬場に、艶やかな声が響く。
「エルローディア様!」
フォスターは、エルローディアが姿を現すなり先程までウェンディに向けていた蔑むような表情からころり、と変わり、恋焦がれるような甘い笑みを浮かべ、エルローディアに駆け寄った。
「驚かせてしまい、申し訳ございませんエルローディア様。ウェンディ様の鍛錬にお付き合いしていたのですが、やはり愚図は愚図ですね。私の魔法二腰を抜かしてしまい、使い物にならないのでもう切り上げようと思っておりました」
「あら、そうなの? お義姉様も懲りないわね。いくら鍛錬したって底が見えてるって言うのに」
くすくす、とエルローディアの嘲笑が聞こえる。
ウェンディの専属護衛であるフォスターは、エルローディアの言葉を窘める事もせず、一緒になってウェンディを笑っていた。
「エルローディア様、私がお部屋までお送りします」
「ええ、ありがとうフォスター」
エルローディアの腰に腕を回し、まるで恋人のようにぴったりと寄り添い歩く二人に、ウェンディは床にへたり込んだまま何も言う事ができず、ただただぼうっと二人の背中を見つめていた。
鍛錬場を出る間際。
思い出したかのようにエルローディアがウェンディに顔だけを振り向き、笑いながら口を開いた。
「お義姉様、フォスターの主人ならこれくらいはできないと……ホプリエル侯爵家の恥ですわよ? ──氷よ、花となれ」
エルローディアがパチン、と指を鳴らすと彼女の氷魔法で作られたいくつもの氷の蝶がウェンディの周囲を舞い、そしてウェンディの体のすぐ側にバラバラに砕け、落下した。
エルローディアの笑い声と、フォスターの笑い声が遠ざかる間、ウェンディは必死に泣くまいと涙を堪え、ぎゅうっと拳を握りしめていた。
ウェンディの小さな手は、ふるふると震え、指先は真っ白になっていた。
(どうして……。どうしてこんな事になっちゃったの……)
ウェンディは、ぐっと唇を噛み締めながら震える足で必死にその場に立ち上がる。
「このまま……、ここで座っていても仕方ないわ。……鍛錬、しなくちゃ……」
体内の魔力を感じるために、ウェンディは目を閉じる。
確かに、体内に血潮と同じように循環し、流れる魔力を感じる。
魔力をコントロールし、どんな形の魔法を放つのか、どんな風な現象を起こしたいのか、頭の中で必死に思い浮かべる。
そして、魔法術式を構築してウェンディは高らかに叫んだ。
「──稲妻よ……!」
想像したのは、ウェンディ自身の手のひらからいくつもの稲妻が迸り、地面に雷の柱をいくつも生み出す魔法。
だけど、ウェンディの手から魔法は何も放たれず、鍛錬場をただただ静寂が包んでいた。
「どうして……っ、何でっ! 子供の頃は、間違いなく魔法が放てたのにっ!」
何度も何度もウェンディは魔法を放つ言葉を叫ぶ。
だが、いくらウェンディが叫んでも、魔力量が必要で、繊細な魔力調整が必要な攻撃魔法は発動しない。
ウェンディが子供の頃は、このような攻撃魔法など朝飯前とばかりに、簡単に発動させる事ができた。
簡単な照明魔法や小さな火を起こす魔法じゃなくて、強力な攻撃魔法だってウェンディは発動する事が出来たのだ。
だが、ウェンディが年を重ねる度。
成長する度に、魔力の総量も落ち、強力な魔法は発動しなくなった。
そんなウェンディを、いつからか周囲の貴族達は嘲笑い、幼少時は可憐で優秀なウェンディを「妖精姫」と褒めそやしていた大人達は次第に彼女を嘲笑うようになった。
顔だけ可憐な妖精姫。
いつまでも成長しない、子供のままの妖精姫。
出来損ないの、妖精姫──。
出来損ないの妖精姫、と言い出しのはいったい誰だったか。
今では皆がウェンディの事を出来損ないの妖精姫と口々に呼ぶため、発端は分からない。
だけど──。
そんな中でも、ウェンディが子供の頃から成長していなくても。出来損ないでも、態度を変えずに接してくれる人はいる。
それが、ウェンディの幼馴染であるヴァン・ハーツラビュルだ。
ヴァンはハーツラビュル伯爵家の三男で、ウェンディの兄とヴァンの兄が学友で仲が良かった事もあり、交流があった。
子供の頃は庭で一緒に遊び、魔法の練習だって一緒にしていた。
太陽の光に反射して、キラキラと輝くシルバーの髪の毛のヴァンと、蜂蜜のような綺麗なゴールドの髪の毛のウェンディは、幼少期は2人で並んでいると妖精のように可愛らしい、と良く言われたものだった。
だが、それもヴァンが成長し、精悍な顔付きと男らしい体付きに変わって行き、妖精とは呼ばれなくなった。
成長し、大人へと近付いて行くヴァンと比例して、ウェンディは途中から成長が止まったかのように変わらない。
周囲からは奇異の目で見られる事が多かったが、ヴァンだけは態度を変えず、いつもウェンディの「一番の友人」でい続けてくれたのだ。
それが、どれだけウェンディの助けになっていたか。
どれだけ励まされ、心強く思っているか。
「ヴァンに、笑われないためにも……祭典の魔法演術は頑張らなくちゃ」
ウェンディは、それからも何度も何度も魔法を発動しようとしたが、終ぞその日、ウェンディには攻撃魔法を発動する事は出来なかった。
◇
夜遅くまで鍛錬場で鍛錬をしていたウェンディは、疲れた体を引き摺りながら自室に戻っていた。
廊下を自室に向かって歩いていると、目の前から魔法ランプを手に持ったエルローディアがやって来ていた。
エルローディアは、ウェンディの姿に気付くと「あら」と真っ赤な唇をにやりと持ち上げて妖艶に笑んで見せた。
「お義姉様、まさか本当にこんな時間まで鍛錬場にいらしたの? よくやりますわ」
くすくす、と小馬鹿にするように笑うエルローディアに、ウェンディは何かを言う元気もなく、そのまま通り過ぎようとした。
だが、自分の横を通り過ぎ、背を向けて歩いて行くウェンディを追いかけるようにエルローディアの声が落ちる。
「フォスターって、元気よねぇ。昼は騎士として鍛錬をして、午後は魔法剣士として魔法鍛錬もして……疲れているはずなのに、夜には私の部屋に来る元気があるのですから」
「──えっ」
エルローディアの言葉に、ウェンディが驚き振り向く。
すると、エルローディアは豊満な胸元を強調するように腕を組み、夜着の隙間からわざとらしく自分の太ももをちらりと晒す。
小さな義姉に、子供のような義姉に「女性の体」をわざと見せびらかすように──。
「ああ……お義姉様はフォスターに女性としては見てもらっていませんものね……ふふ、可哀想に。彼って、本当に体力が凄いあるの。いつもくたくたになっちゃうのよ? まあ、お義姉様はフォスターのそんな姿には一生縁がないのでしょうけど」
あはは、と楽しげな笑い声が廊下に響く。
しなを作り、去っていく妖艶な自分の妹を呆然と見つめていたウェンディは、唇を噛み締めてそのまま自分の部屋に駆け戻った。




