29話
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──信じられない! 馬鹿じゃないの! 格好悪い!!
エルローディアは羞恥に顔を真っ赤に染め、怒りに目を潤ませて唇を噛んだ。
ガツガツ、と怒りに任せてヒールを鳴らしながら歩く。
「エ、エルローディア様……っ! どちらへ!」
「──〜帰るのよ! 信じられないわ、あんなに格好悪い男と専属護衛騎士契約を結ぼうと思っていたなんて! あんな、拘束された男にすら転がされる国随一の騎士ってどう言う事よ! お父様に言って、我が侯爵家の騎士をクビにしてやるわ!」
エルローディアは周囲の視線を気にしつつ、急いでホプリエル侯爵家の馬車に戻る。
急いで家に戻り、義父と義母に泣きつき、どうやってフォスターとの関係を切るか、頭を悩ませた。
◇◆◇
──ねえ、見てよあの無様な格好。
──嘘だろう? 武器も何も持っていない、素手の相手に転ばされたぞ。
──それに比べ、ウェンディ様は出来損ないじゃなかったのか? あんなに美しくなった上に、魔法まで……。
──出来損ないはあのフォスター騎士の方じゃないか。
くすくす、とフォスターを嘲笑う声があちらこちらから聞こえる。
今までは、ウェンディに向けられてきた言葉。
それが、今では手のひらを返したようにフォスターに向けられていて。
その声がはっきりと耳に届いていたウェンディは、不快感に眉を顰めた。
「ウェンディ……? どうした、大丈夫か?」
「──ヴァン」
今度こそ犯人の移送を最後まで見送ったヴァンが、ウェンディに駆け寄る。
ウェンディはヴァンの服の裾を縋るようにきゅう、と握り、呟いた。
「ここに居たくないわ……。人って……、簡単に手のひらを返すのね……。嫌な言葉をこれ以上聞きたくない」
「そうだな。人の醜い部分なんて、ウェンディは聞かなくて良いよ。伯爵邸に戻ろう」
自分を無視してそのまま去ろうとするウェンディとヴァンに、フォスターは咳き込みながら叫び声を上げ、二人を呼び止める。
「──待てっ! お前っ、私の部下のくせに上官を放っておくのか! ウェンディ様、ウェンディ様! 私を再びあなたの専属護衛騎士に選んでください!」
恥ずかしげもなく手のひらを返し、そのような事を宣うフォスターにウェンディは顔を顰めた。
ウェンディを背に隠し、フォスターの目に入らないようにしたヴァンは彼を見下ろしながら告げる。
「もういい加減ウェンディに執着しないでください、フォスター隊長。あなたは、エルローディア様と契約を結ぶと決めたのでしょう。それで、ウェンディとの契約を破棄したのに……今更……」
「うるさい、黙れ! ウェンディ様の力が戻るなら! これだけ美しい美女に成長するのが分かっていたら、契約の破棄などしなかった! お前だってそうだろう! ウェンディ様がこれだけ美しいから! 魔法の力が素晴らしいから──」
「彼女を自分の物差しで測るな、フォスター・シュバルハーツ! ウェンディの見た目が変わったから? ウェンディの力が戻ったから? そんなくだらない理由で再びウェンディと契約を結ぼうとする性根の腐った考えは捨ててくれ!」
ヴァンの怒声は、その場に響き渡る。
ヴァンの気迫に、圧迫感に、フォスターだけではなく、それまで好き勝手に噂話をして楽しんでいた群衆も、息を呑んだ。
「ウェンディはウェンディだ! 彼女は昔から何一つ変わらない! 見た目が変わっただけで! 能力が戻っただけで、彼女の価値をお前が語るな!!」
ヴァンの言葉が、一つ一つウェンディの胸に染み込んで行く。
ヴァンの言葉が、どれだけウェンディにとって嬉しいか。
どれだけ、救いになっているか。
ウェンディは、嬉しくて涙を滲ませながらヴァンに近付く。
「ヴァン、ありがとう。もう良いよ。こんな人放っておいて、帰ろう?」
「──ウェンディ。すまない、怖がらせた?」
「ううん。ヴァンはいつも優しいから怖くない」
「良かった……。じゃあ帰ろうか、ウェンディ」
笑顔で頷くウェンディを愛おしげに見つめたヴァンは、そのままウェンディの手を取って歩いて行く。
その場に残されたフォスターは悔しくて惨めで、憤死してしまいそうだった。
だが、それでもヴァンの隣で幸せそうに美しく笑うウェンディから目が離せない。
「──あの場所は、俺のだった! 俺こそが、ウェンディ様に相応しい騎士だ……っ、あいつさえ、あいつさえいなければ……っ!」
フォスターは、地面に倒れたまま何度も何度も拳を打ち付けた。
◇
伯爵家に戻ってきたウェンディとヴァンは、購入したお土産をヴァンの父親である伯爵と兄イアンに渡した。
「わざわざすまないな、気を使ってくれてありがとう」
「ありがとう、ウェンディ嬢。有り難く頂くよ」
にこにこと本当に嬉しそうにしている伯爵とイアンに、ウェンディも自然と笑みが浮かぶ。
ふるふると首を横に振り、とんでもないと答えた。
「むしろ、お世話になってしまっているので……少しでもお礼をさせて下さい。魔法も以前のように使えるようになりましたし、お手伝いできる事があれば教えてください」
「ははは。ありがとう。とりあえず、暫くの間はゆっくりしていなさい」
「ああ。ウェンディ嬢は病み上がりなんだから、無理はしないように」
「ふふふっ、ありがとうございます。伯爵にイアン卿」
楽しそうに和気あいあいと会話をしているウェンディと、自分の家族を眩しいものでも見るように目を細めて見つめていたヴァンに、イアンが話しかける。
「そう言えばヴァン。ウェンディ嬢に祭りの事は伝えたのか? 数日後に王都で開催されるだろう?」
「ああ、兄上。軽くウェンディに話してある。その祭りに着ていく服も購入しに行ってたんだ」
「そうだったのか。確かこの祭りは護衛騎士とその主の姫がおとぎ話がテーマになっているんだったよな」
「ああ、確かそうだった」
ヴァンとイアンの会話を聞いていたウェンディは、はっと思い出す。
そう言えばこの専属護衛騎士契約について、調べてみようと思っていたのだと。
「ウェンディ、どうした?」
考え込むウェンディに、ヴァンが不思議そうに話しかける。
するとウェンディはぱっと顔を上げて疑問を口にした。
「ずっと、不思議だと感じていたの。この専属護衛騎士の契約って、一体誰がどんな目的で……どんな風に始まったのだろうって……」
「……確かに。当然のように俺たちの生活に溶け込んでいたから、深く考えた事は無かったな……ウェンディに言われて俺も不思議に思ったが……契約を結んだ相手の能力を底上げするなんて強大な魔法……今じゃあ誰も発動出来ない……」
うんうん、と唸るウェンディとヴァンに、話を聞いていた伯爵が思い出すように呟いた。
「確か……始まりはこの国の姫を守るために、専属護衛騎士契約が出来たらしい」
「──伯爵、そのお話は本当ですか!?」
「ああ。確か、古い文献で見た事があるような……。当時は、姫一人に対して複数の専属護衛騎士が契約を締結したらしい」
「複数の……!? そんな事が出来たんですね」
今は、一度に複数人と契約を結ぶ事なんて不可能だ。
主側が二人の騎士と契約を結ぼうとしても、契約が弾かれてしまうらしい。
それも、大分昔の出来事らしいので今現在もそうなのかは分からないが、恐らく主が複数の騎士と専属契約を結ぶ事は難しいだろう。
「ああ。大分昔の話だからな。こういった契約魔法? に詳しい人物が、確か国の外れにひっそりと居を構え、暮らしているらしいが──」
「それは本当ですか、伯爵!」
「父上、それはどこら辺なのですか!?」
伯爵の呟きに反応したウェンディとヴァンが、詰め寄る。
伯爵は二人の気迫に押されつつ、問われるままに答えた。
「あ、ああ。確かアヌジュの森だと、聞いた事が……」
「アヌジュの森! 王都から馬車で数日の距離ですね!」
「ウェンディ、まさか」
「ええ、その方に会ってみたいわヴァン。馬車で数日なら、魔法で強化すれば時間を短縮できるかも……! アヌジュの森に行ってみない?」
「良いよ、行ってみよう」
ウェンディの言葉に、あっさりとヴァンが頷く。
だが、そこでウェンディはあっ、と小さく声を上げた。
「でも、ヴァン……。騎士のお仕事があるのに休んでもらうわけにはいかないわ。長期休暇がある時期に──」
「大丈夫だよ、ウェンディ。俺の休暇は余っているし、休暇を使わなくちゃいけなかったから、タイミングが良い。アヌジュの森に行ってみよう」
「……! ありがとう、ヴァン! それなら、早速向かう準備をしなくちゃ。慌ただしくて申し訳ございません、伯爵、イアン卿。失礼いたしますね」
「あ、ああ。旅支度はしっかりするんだよ」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、パタパタと走り去るウェンディと、ウェンディを追って去っていくヴァン。
二人の後ろ姿を見ていた伯爵は、気まずそうにぽりぽりと頬をかいて呟いた。
「大賢者、と呼ばれた人がいたのは……数百年前なのだが……。言いそびれてしまったな……」
「まあ、いいのではないでしょうか父上。ウェンディ嬢も、思い切り外で行動するのは久しぶりでしょう。色々、良い経験になると思いますよ」
「ああ……だが、祭りには参加できなさそうだな……。ウェンディ嬢が残念がらなければ良いが……」
「ヴァンが上手く説明してくれますよ、きっと」
伯爵とイアンは、二人を見送った後、自分達の仕事に戻るため、それぞれ部屋に戻った。




