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「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。 〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜  作者: 高瀬船


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22話


 ──あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 ウェンディはヴァンの胸で泣いていたが、涙が収まって、感情の昂りが落ち着いてくるとふとそう思った。

 すんっ、と鼻をすすり、もぞりと動く。

 するとウェンディの動きに反応したヴァンが体を離して優しく話しかけてくれる。


「どうした、ウェンディ? 体調は? 辛くないか?」

「──うん、大丈夫よ……ありがとう、ヴァン」


 ウェンディは、泣き腫らした目で笑みを作り、ヴァンに笑いかける。

 ヴァンの目は未だ痛ましげに歪められていて、ウェンディの事を心配してくれているのが分かる。

 だが、不思議とウェンディの気持ちは驚く程軽くなっていた。


(どうして、かしら……。思いっきり、泣いたから……? それとも、ヴァンがこうしてずっと傍にいてくれたから……?)


 その、どちらかもしれない。

 ウェンディはゆっくりヴァンから離れると「もう大丈夫」と告げる。


 ヴァンもウェンディから離れると、泣き腫らしたウェンディの目元に、そっと自分の指先で触れた。


「──冷やせ」


 ヴァンが呟いた瞬間、キンッと高い音が響き、ウェンディの目元がひんやりと心地よい冷たさに包まれる。

 腫れが残らないように、ヴァンが魔法を使ってくれたのだ。

 それを知ったウェンディは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、ヴァン。駄目ね、私もこれくらいの魔法を発動出来るようにならなくちゃ……」

「ウェンディは病み上がりだろう? 無理をして、体調を崩したら大変だ。ゆっくりやってこう」

「うん……そうする」


 ──でも、とウェンディは胸中でごちる。


(何だか、体の中を物凄い魔力が駆け巡っているような、気がする……。昔フォスターと契約した直後のような……こんなに魔力を感じるのは何年ぶり?)


 両手を見つめているウェンディに、ナミアが心配そうに近付き、口を開く。


「お嬢様、もしかして体調が優れませんか? もし、お辛いようでしたら休んで──」

「いえっ、大丈夫。大丈夫よ、ナミア。体調は本当に凄く良いの。今までとは比べ物にならないくらい……」

「本当ですか? それなら良かったです……。その、お食事は召し上がりますか?」


 ナミアの言葉に、ヴァンもはっとしたように表情を変えた。


「そうだ、しまった……! ウェンディ、ずっと眠っていたからお腹が減っているだろう? 食事は出来そうか? もし、食べられそうなら消化に良いものを作らせる」


 食事──。

 その言葉を聞いた瞬間、ウェンディのお腹が「くぅ」と鳴った。


 その音を聞いたヴァンとナミアははた、と目を瞬かせる。

 ウェンディはあまりの恥ずかしさに、咄嗟にお腹を両手で抑えたが、お腹の音はしっかりと二人に届いてしまったようで。


「──ふ、ははっ、ウェンディのお腹は食事したいみたいだな、ナミア、用意してもらってもいいか?」

「ふふふっ、かしこまりました! お嬢様、今お持ちしますから少々お待ちくださいね」


 ヴァンも、ナミアも笑顔だ。

 ウェンディが意識を取り戻してから、心配そうな顔をする以外ではずっと笑顔を浮かべている。


 二人の優しさや、明るさにウェンディもつられてついつい笑ってしまった。



 軽い食事を終えたウェンディは、ヴァンにもう少し休むように、と言われて自室のベッドに横になっていた。


「本当は……すぐにヴァンのお父様──ハーツラビュル伯爵にご挨拶に行きたかったのだけど……」


 全力でヴァンに止められてしまったし、伯爵も明日以降で良い、と言ってくれたらしく、ウェンディはベッドの上で一人、時間を持て余していた。


 魔法の鍛錬も本当はしたい、と考えていたのだけど、それを口にした瞬間、ヴァンが激怒してしまいそうだ、とその姿を想像したウェンディはくすり、と笑ってしまう。


 ほっそりと伸びた腕を、ウェンディは持ち上げてしげしげと自分の腕を見つめる。


 子供みたいなふっくらとした手じゃなく、肉が落ち、すらりと伸びた腕。

 爪も艶々で、とても健康的な色をしている。

 子供っぽい丸みを帯びた手じゃなく、大人の手──。


「私、本当に成長したんだ……」


 未だに実感が湧かない。

 ウェンディはころり、とベッドの上で寝返りを打ち、おもむろに自分の両手を突き出した。


「何だか、今なら離れた距離にある蝋燭に火を灯せそう……。今までだったら、多分出来なかったけど──」


 ウェンディは、集中して体内に流れる魔力を感じ取る。

 蝋燭に火を灯すイメージをして、そして言葉を発した。


「灯れ──」


 ウェンディが言葉を発した瞬間、蝋燭の先にぼうっ! と大きな音を立てて、これまた大きな炎が出現して火が灯る。

 想像していたよりも大きな炎が出てしまい、ウェンディは慌ててしまった。


「このままだと、火事になっちゃう──! み、水よっ!」


 焦っていたからだろうか。

 ウェンディは力一杯叫んでしまった。


 その瞬間──。


 ──どしゃあああ!


 と、滝のような物凄い水量が蝋燭を包み、その水飛沫までウェンディの体に当たってしまう。


「ひゃっ、ひゃああ!」


 全身ずぶ濡れになりながら、ウェンディは大きな声を上げてしまった。


 ウェンディの叫び声が聞こえたのだろう。


「──ウェンディ!!」


 遠くからヴァンの叫び声が聞こえ、けたたましい足音が近づいてくる。


「どうしたウェンディ! 無事か!?」

「ヴ、ヴァン……っ」


 ヴァンは、部屋に駆け込むなりびしょ濡れになったウェンディの姿に目を見開く。

 そして、室内が水浸しになっている事を確認すると、慌てて魔法を発動した。


「──風よ!」


 室内を乾かそうと、発動した風魔法。

 魔力の調整も完璧なはずのヴァンの魔法は、だがしかし物凄い突風となって室内を荒れ狂う。


「な、何だこれは!?」

「ひええっ」

「──っ、ウェンディ! こっちに!」


 自分が発動した魔法の威力に驚愕したヴァンだったが、風に煽られ悲鳴を上げているウェンディに気が付くと、慌ててウェンディを抱きしめる。


 二人とも、自分が発動した魔法の威力に唖然としてしまっていて。


 大慌てでこちらに向かってくる複数の足音には気が付かなかった──。


◇◆◇


「何故だ、何故だ何故だ……っ!!」


 フォスターは怒り狂い、近くにあった椅子を蹴飛ばした。


「何度やっても、エルローディア様と専属護衛騎士契約が結べない!!」


 契約に失敗する度に、エルローディアや侯爵からは失意の目を向けられ、責められる。

 フォスターは、もう何度目になるかも分からない契約の失敗に、床に座り込んだ。

 契約の拒絶なのだろうか。

 体中は激しい痛みを伴っている。


 フォスターと同じく、体の痛みに呻きながら床に這いつくばっていたエルローディアが、侯爵に体を支えてもらいながらゆらり、と立ち上がった。


「──フォスター。あなた、一体どういうつもりなの……? 何度、私を拒むのよ……っ、このままあなたと契約出来ないままじゃあ、私は貴族達のいい笑い者よ!」

「しっ、しかしエルローディア様っ、私には拒む気持ちなどっ」


 フォスターが言葉を全て言い終える前に、侯爵が苛立ちを顕にした視線を向ける。

 そして、遮るように叫んだ。


「言い訳は結構だ、フォスター!! これ以上エルローディアに惨い仕打ちをしたら分かっているだろうな!? お前を実家の商会に突き返す!」

「こっ、侯爵……! お待ちください、本当に私は──っ」

「うるさい! 卑しい商人の血筋のくせに! 私の娘をこれ以上傷付けるようであれば、お前を我が家の騎士から解雇する! 騎士隊にも戻れると思うなよ!」

「あんまりです、侯爵!!」


 フォスターの訴えなど気にも止めず、侯爵はエルローディアを支えながら鍛錬場から出て行ってしまった。


 二人の背中を唖然と見つめていたフォスターだったが、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「卑しい、商人の血筋、だと……? 子供の頃、俺を助け、雇ってくれたのはあなたじゃないか、侯爵……っ」


 遠い昔。

 侯爵に助けられたフォスターが侯爵家にやってきた。

 そして、そこで出会った侯爵家の娘、ウェンディの優しさと愛らしさに惹かれ、彼女の役に立ちたい。彼女を傍で守りたい、と思うようになった。

 たまたまフォスターには魔法と剣の才能があり、そのまま鍛錬をして、侯爵家所属の騎士になれたのだ。

 そうして、騎士隊にも入隊して。

 その後、ウェンディと想いが通じ合って──。


 そこまで考え、思い出したフォスターはゆらり、と立ち上がる。


「……そうだ、ウェンディ様。ウェンディ様と俺は、契約出来たんだから……全部エルローディア様がいけないんだ」


 鍛錬場の出口に向かって一歩一歩、しっかりとした足取りで歩く。


「ウェンディ様なら、ウェンディ様ならきっと俺を見捨てない。俺を愛しているのだから……。ウェンディ様は、どこだ? どこに行った……」


 そして、フォスターは思い出す。

 ウェンディがこの侯爵家から追い出される時。


「──ヴァン・ハーツラビュル! お前か!」


 高熱に倒れたウェンディを攫ったのは、自分の騎士隊に所属しているヴァンだ。

 それを思い出したフォスターの目的は、ただ一つ。


「やっぱり、俺にはウェンディ様しかいないんだな……ふっ、ふふっ、仕方ない。俺が直々に迎えに行ってやる!」


 もしかしたらウェンディは、迎えに来た自分を見て感動に咽び泣くかもしれない。

 ウェンディがどうしても、と泣くなら。

 仕方がないから結婚だってしてやっても良い。

 あんな幼い子供のようなウェンディを女としては見れないが、エルローディアとの関係は続ければいいのだ。

 そう心の中で考えたフォスターは、名案だとばかりに高笑いをする。


「ああ、そうすれば良い。そうだ、ウェンディ様だって俺と結婚できるなら、喜ぶはず……!」


 フォスターは自分勝手な事を考えながら、ウェンディを攫ったヴァンに会いに行く事にした。

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