17話
「ウェンディ!!」
「お嬢様!」
ヴァンとナミアが叫ぶ。
ヴァンに抱き留められたウェンディの顔は、まるで高熱を出したかのように真っ赤に染まっており、ウェンディの体を支えていたヴァンにまで、ウェンディの体が発熱しているかのような熱を放っているのが分かった。
「ハ、ハーツラビュル卿! お嬢様を急いでお部屋まで……!」
「ああ、分かった! すぐにウェンディを休ませよう!」
ナミアの先導のもと、ヴァンはウェンディを抱えたまま廊下を駆ける。
ウェンディの部屋に無事戻って来たヴァンとナミア。
ヴァンは、優しく丁寧にウェンディをベッドに寝かせると、すぐに伯爵家に連絡を入れ、医者を手配してもらう。
侯爵家専属の医者は、当主である侯爵の許可が必要になってくる。
今、フォスターとエルローディアの契約パーティーに参加して上機嫌な侯爵に、ウェンディの事を伝えてもきっとすぐには手配してもらえない。
それどころか、無視をされる恐れだってあった。
それならば、とヴァンは自分の家の専属医を呼んだ方が早いと即座に判断し、魔法で自分の父親に知らせた。
すると、すぐに伯爵家の専属医をウェンディの下に遣わせると返事があり、ヴァンとナミアはそこでようやくほっと安堵の息をついた。
熱で苦しそうに呻くウェンディの汗を拭ってやりながら、ヴァンはウェンディとの絆を確かに感じた。
今までとは確実に違う、確かなウェンディとの繋がり。
胸に広がる歓喜や、ウェンディに対する忠誠心。守りたい、と想う気持ちが一層強くなっている事を自覚する。
ヴァンの様子を心配そうに見守っていたナミアは、ウェンディに付きっきりになっている彼に声をかけた。
「ハーツラビュル卿、ハーツラビュル卿もお怪我は大丈夫ですか? 痛みが増しておりませんか?」
「──あ」
そう言えば、そうだったとヴァンは思い出す。
ウェンディを抱き留め、全速力で走った。
ヴァンは信じられない思いで、自分の腕と足を見下ろす。
あれだけ、さっきまでは痛みを感じていたのに。
それなのに、どうして今は痛みを感じなくなっているのか──。
ヴァンは両手を見下ろし、信じられない思いで呟く。
「……そう言えば、今はちっとも痛みが無い……どうなってるんだ?」
「──えっ!?」
ヴァンの言葉に、ナミアもぎょっとする。
「確かに……、さっきまでは痛みを感じていたんだ。だが、ウェンディを抱き留めた後、ここまで走ってきたが──」
そこでヴァンは自分の腕をくるくると肩から回してみたり、足を床に突いたり、屈伸してみたりとしたが。
驚いたような顔で、ナミアと顔を合わせる。
「……今は何も痛みを感じない」
「え……どうして……」
「分からない……分からないが……。これも、契約が無事に成立した事が影響している、のか?」
「そう、なんですかね……? いくら魔法でも、怪我までは治せませんからね……。かつては、治癒魔法を使う人がいた時代はあったそうですが……」
「治癒魔法なんて、数百年前の話だろう? 今現在、使える者なんてこの国にはいないだろう……。だが、魔法契約は不明な部分が多いから……契約成立の副産物、のようなものなのだろうか?」
二人で首を捻り考えるが、如何せん魔法の歴史に詳しくは無い二人だ。それに、魔法契約についても詳しくない。
「俺たちで考えても仕方ないな。俺の父が手配した医者がもうすぐ到着するはずだ。医者に聞いてみよう」
「ええ、それがよろしいですね。お嬢様を診ていただかないと」
ヴァンとナミアは、苦しそうに顔を歪めるウェンディを心配そうに見つめた。
◇
「──大丈夫です、お体に異常はありませんよ」
すっとウェンディの体の上から魔道具を退かした伯爵家の専属医は、心配そうにウェンディを見つめるヴァンとナミアに安心させるように笑いかけた。
「何も異常が無い……? だが、だがウェンディはこうして熱を……っ! 本当に大丈夫なのか!?」
異常がないと言うのなら、ウェンディのこの高熱は一体なんなのだ、とヴァンは苦しげに顔を歪める。
そんなヴァンの言葉に、落ち着いた様子の専属医は、言葉を返す。
「……この高熱は、今まで抑圧されていた何かが、正常に機能し始めたような……そんな印象を受けます。抑圧されてきた何かが正常に機能するため、体がその変化に順応し切れずに熱を出してしまったような……。ですが、時間の経過と共に落ち着くと思いますよ」
専属医の言葉に、ひとまず安心したヴァンは、苦しげに眠るウェンディの傍に歩み寄り、跪いてウェンディの手をぎゅっと握る。
「ウェンディが苦しんでいると言うのに……ウェンディの苦しみを、俺が代われればいいのに……」
ヴァンは、汗で張り付くウェンディの前髪を優しく払ってやる。
心配そうに自分の主人に寄り添う専属護衛騎士であるヴァンを後ろから見つめていた専属医は、眩しいものを見るように目を細めた。
ナミアは、そろそろと専属医に近付き、ここ数日感じていた違和感を専属医に零す。
「お医者様……」
「うん? 何でしょう?」
「お嬢様は、ここ数日……元の酷い専属護衛騎士と契約を解除してから……なんと言いますか……」
首を傾げる専属医に、ナミアはちらりとウェンディとヴァンの方向に視線を向けてから、声を潜めて続けた。
「何年間も成長が止まっていたお嬢様の……、身長が伸びている、ように感じたのです……」
「そんな、事が……?」
ナミアの言葉に、専属医も驚いたような顔を見せる。
そして、自らも倣うようにウェンディを見て、ううんと考え込むように唸った。
「……そんな事が、実際に起きていると言うのであれば……。先程お話した抑圧された機能、とは……お体の成長の事かもしれませんね? もしかしたら、長い年月をかけて止まっていたウェンディ嬢の成長が、正常に戻ろうとしているのかもしれません」
「お嬢様の……? ならば、お嬢様は……」
「ええ、高熱が治まればもしかしたら少しずつお体が成長して行くかもしれませんね」
「──良かった!」
ナミアは、嬉しそうに両手を胸の前で握りしめる。
ウェンディは、ずっと成長しない自分の体に、周囲からの嘲笑に、両親から不気味悪がられる視線に、長年苦しみ、悲しんできたのだ。
その姿をずっと傍で見守り、支えてきたナミアの感動は計り知れない。
そんな様子を穏やかに目を細め、見つめた専属医は、ウェンディに寄り添うヴァンと、涙を滲ませるナミアに声をかける。
「熱が下がれば、ウェンディ嬢も目を覚ますでしょう。今は体が順応するために休んでいる状態かと。目が覚めたら、胃に優しく消化の良い物をゆっくりと食べさせてあげてください。ああ、あと熱で水分を失っているので、定期的に水差しから水分を補給させてあげてください」
「──ああ、分かった。わざわざこんな所までありがとう」
「お医者様、本当にありがとうございます!」
「いえいえ。それでは私は、この辺で。ないとは思いますが、万が一何かあればすぐに知らせてください」
「ああ、分かった。恩に着る」
「では、私はここで失礼しますね」
ぺこり、と頭を下げて退室した専属医を見送ったヴァンとナミアは、苦しげに呻くウェンディの傍に居続けた。
◇◆◇
「──おい、おい。ウェンディは何をしている? 自分の義妹の晴れの舞台だと言うのに、姿も見せずに……」
ウェンディの父、侯爵は苛立ちを隠しもせずに使用人に指示を出す。
「もうすぐフォスターとエルローディアの専属契約の儀だ。嫌がっても引き摺ってでも連れてこい」
「か、かしこまりました旦那様」
ぺこり、と頭を下げてウェンディを連れて来るために駆け出した使用人の背中を見つつ、侯爵は溜息を零す。
そんな侯爵にゆったりと歩み寄るエルローディア。
エルローディアは口元を愉快そうに歪めつつ、話しかける。
「お義父様、お義姉様がお可哀想ですわ……好いていた男に振られ、契約を破棄されたのですもの……。今頃はきっとお部屋で泣いてますわ。辛気臭いお義姉様がパーティーに参加したら、台無しになってしまいます。このまま来ないでいただきたいわ」
「──それも、そうか。今日の主役はエルローディアだからな。あれは放っておこう。……フォスター! フォスター! そろそろ時間だ、準備をしなさい!」
「──はっ! ただいま!」
侯爵はフォスターを呼びつけ、エルローディアを手招く。
エルローディアの後ろには、口元を扇子で隠した侯爵夫人が満足そうに笑みを浮かべていた。
パーティー会場の大ホールには、既に沢山の招待客が集まっている。
皆、フォスターとエルローディアの専属契約が始まるのがまだか、まだかと待ちきれない様子で。
「お義父様……そろそろ……」
「ああ、そうだな」
こくり、と頷いた侯爵は、多くの貴族達が待ち焦がれる大ホールへ姿を現したのだった。




