15話
◇
それから、二日間の間。
例えウェンディが夕食の席に姿を見せなくとも、家族の誰も様子を見に来る事は無かった。
ウェンディは久しぶりにびくびく怯える事もなく、侯爵に怒られる事もなく、フォスターに蔑みの目を向けられる事もなく、エルローディアに小馬鹿にされるような目を向けられる事もなく。
穏やかな気持ちで眠りに着いた。
そして、翌日。
「お嬢様、おはようございます! 今日は良いお天気ですよ」
「──んん、おはよう……ナミア……」
明るく、元気いっぱいなナミアの声に起こされたウェンディは、むにゃむにゃとナミアに返事をしつつ、ベッドに起き上がる。
「さあ、お嬢様。本日はハーツラビュル卿との契約の日です。念入りに準備をいたしましょう! ナミアが腕によりをかけてお嬢様を世界一可愛らしくしてみせますわ!」
「ふっ、ふふ……ありがとうナミア」
ふんっ! と鼻息荒く腕捲りをする仕草すら見せながらそう言葉にするナミアに、ウェンディはついついクスリと笑ってしまう。
朝日に照らされたウェンディの笑顔は可愛らしく、そして輝いていて。
ナミアはかつて「妖精姫」と呼ばれたウェンディの可愛らしさと美しさに、ほうと溜息を零した。
着替えをしようとベッドから降りたウェンディの寝巻きの裾が、やはり前日よりも短くなっている事に気付いたナミアは、既に自分の腕にかけていたドレスにちらりと目をやり、自分自身を褒めてやりたい気持ちになった。
なにやら、数日前からウェンディの身長が伸びているように感じたナミアは、ウェンディのドレスをこっそりと手直ししていたのだ。
ヴァンと、ウェンディが専属護衛騎士契約を結ぶ、今日という素晴らしい一日に、とびきり素敵なドレス姿で、フォスターと契約した日の思い出を塗り替えて欲しい。
そう思ったナミアは、恐らくドレスの裾が足りなくなってしまっているだろう部分を手直しして、軽くアレンジを加えた。
ドレスの裾にオーガンジーの生地を付け足し、その上からはレースをふんだんに使用した。
ウェンディが歩く度に、ドレスの裾がふわりと舞い、きっと本物の妖精のように優雅で美しい出で立ちになるだろう、とナミアは自分の手直しの技術を自画自賛した。
「さあさあ、お嬢様! こちらのドレスにお着替えいただいて、ハーツラビュル卿の到着をお待ちしましょう!」
「ええ、ありがとうナミア」
にっこりと微笑んだウェンディ。
ウェンディの笑顔に、ナミアも嬉しくなって、鼻歌を歌いながらウェンディの身支度を手伝った。
◇◆◇
「──何だ、これは……?」
ヴァンは、沢山の貴族がぞろぞろとウェンディのホプリエル侯爵邸に入って行く姿を見て、唖然とした。
声の大きさにも配慮せず、会話をしている声が耳に入り、ヴァンは不愉快そうに眉を顰めた。
「……フォスター隊長と、エルローディア嬢の、専属契約記念パーティー……? 胸糞悪い事を……っ」
だが、とヴァンは考える。
「こっそり邸に入ろうとしたが……これなら、記念パーティーに出席しに来た体で、堂々とウェンディの下に向かえるな」
ふむ、とヴァンが考えていると、数人の貴族令嬢がすすす、とヴァンに近づいて来た。
「そちらにいらっしゃるのは、もしかしてハーツラビュル卿では?」
「卿も、もしかして本日の記念パーティーに参加を……?」
「も、もしよろしければ私とダンスを……っ!」
「申し訳ない、ご令嬢方。私は急ぎ向かう場所がありますので。またの機会に」
ヴァンは愛想笑いを浮かべ、さらりとそれだけを告げて邸の玄関に向かう。
後方からは残念そうな貴族令嬢達の声が聞こえたが、ヴァンは興味無さげに足を進めた。
シルバーの髪に、アメジストの宝石をはめ込んだような美しいパープルの瞳。
ヴァンは黙っていれば冷たい印象を受けるが、ウェンディと接している時や、彼女の事を考えている時のヴァンは優しげな笑みを浮かべ、穏やかな表情をしている。
それに、ヴァンは容姿端麗で専属護衛騎士契約をしていないにも関わらず、自分の力だけで騎士隊の序列上位に食い込んでいる。
そんな彼は、独身の貴族令嬢からはとても人気で、彼を狙う令嬢はとても多い。
だが、当の本人ヴァンは、昔からウェンディ一筋だ。
貴族令嬢に目移りした事もなく、一途にウェンディを思っている。
その一途さが、とても良いと令嬢達からは人気で、時折このようにダンスだけでも……、あわよくば一夜だけでも……と令嬢達の誘いがある。
だが、ヴァンはいつも通りそつなく、自然な動作で令嬢達を躱し、自分を待ってくれているだろうウェンディの下に向かうため、足を速めた。
邸の玄関を抜け、沢山の貴族が玄関ホールでこの邸の主である侯爵、そして侯爵夫人。
今日のパーティーの主役であるフォスターとエルローディアを囲んでいる。
機嫌良さげに招待客達の相手をしているこの家の人間を横目に、ヴァンはウェンディの部屋に足を向けた。
だが、そこで去ろうとするヴァンの背に、嫌味ったらしい声がかけられた。
「ヴァン・ハーツラビュル卿じゃないか。俺が指導した時の怪我はもうすっかり良くなったみたいだな?」
「──フォスター隊長」
エルローディアの腰を抱き、悠々とヴァンに近付いてくるフォスターの姿に、ヴァンは軽く頭を下げる。
ヴァンの手足には、まだ包帯が巻かれている。
骨折は簡単には治らない。それを知っていながら、フォスターは無情にもヴァンの包帯が巻かれた腕をぽんぽんと叩いた。
「だが、上官の命令に背いたのだから仕方ないな。早く治して、また俺の稽古に付き合ってもらわねばな!」
「──っ、ええ、お任せ下さい……。すぐに治しますよ、フォスター隊長」
ヴァンは笑みを返しながらも、痛む腕に奥歯を噛み締めた。




