12話
◇
自室に戻った後、ウェンディは急激な体調の変化に、倒れてしまった。
突然体を襲う高熱に、体中の痛み。頭の痛みに、ウェンディが呻いていると、異変を察したメイドのナミアが、侯爵に知らせた。
一応、医者を呼んでくれたのだろう。
呼ばれた医者も首を捻るほど、ウェンディの体調不良の原因は不明で。
「──うぅ、……っ」
「お嬢様、お嬢様……」
呻くウェンディの手を、心配そうにナミアが握る。
ぽかぽかとしたナミアの手の温かさが、今のウェンディには涙が出そうなほど嬉しかった。
高熱のせいで朦朧とする視界の中、ナミアの他に見知った顔があるように思えたが、ぼんやりとした視界ではそれが誰だか分からず、ウェンディは再び意識を手放した。
それを、何度繰り返しただろうか。
目が覚める度、メイドのナミアは常に傍に居てくれたように思える。
ウェンディがぱちり、と目を開くと、視界は未だぼんやりとしているが、高熱も引き、体の辛さも良くなっていた。
「──お嬢様!? 良かった、お目覚めですか!?」
「ナミ、ア……?」
ナミアの声が聞こえ、ウェンディは彼女の名前を呼ぼうとしたのだが、喉がカラカラに乾いてしまっていたらしい。
激しく咳き込むウェンディの耳に、見知った声が飛び込む。
「──ウェンディ! 大丈夫か!?」
「え……、ヴァン……?」
ヴァンの声が聞こえるなんて、幻聴だろうか──。
そう考えたウェンディが、声の聞こえた方へ顔を向ける。
すると、そこには祭典の間中、探していたヴァンの姿があって。
ヴァンの姿に、ウェンディはほっとしたのだが、彼の姿を見た瞬間、ウェンディの安堵はどこかに行ってしまった。
喉が枯れているというのに、ヴァンの悲惨な姿に、ついつい叫んでしまう。
「ヴ、ヴァン……っ! あなた、その姿一体どうしたの!?」
ウェンディがぎょっとするのも無理は無い。
ヴァンの顔には幾つもの擦り傷や打撲の痕が痛々しく残っており、腕や足などは包帯でガチガチに固められている。
手や足は、間違いなく骨折しているのだろう。
歩く事すら辛いだろう、そんな状況で、なんとヴァンはウェンディが倒れた、と聞き及ぶなり痛ま体を何とか動かし、見舞いに訪れてくれていたのだ。
ヴァンは苦笑い混じりに「何でもないよ」とウェンディに向かって答える。
だが、傍にいるナミアが悔しそうに唇を噛んでいるのを見たウェンディは、ナミアに問いただした。
「ナミア、あなたヴァンの怪我の事を知ってるの? 何があったのか、教えてちょうだい?」
「──お嬢様」
ウェンディの言葉に、ナミアが答えようとした。
だがその動きを察知したヴァンがナミアを止めようとする。
「……ナミア、ウェンディには言わないでくれと……」
「ですが、ハーツラビュル卿……! 私はとても黙っている事など……っ! お嬢様の身を案じてくださったハーツラビュル卿に対して、フォスター様の行いは目に余ります……っ!」
悔しそうに泣くナミアに、ウェンディは眉を顰める。
「……フォスター? どうして、フォスターが?」
そう言えば、ヴァンが姿を見せなくなったのはいつ頃からだろうか。
確か、とウェンディは考える。
祭典の魔法演術。そのために鍛錬場で鍛錬をしたあの日。
ウェンディは魔力が尽きそうになるまで、鍛錬をしていた。その日、確か意識を失ってしまったのだ。
目が覚めた時、ナミアがいたのでてっきりナミアが部屋まで運んでくれたのだ、とウェンディは今日までそう思っていた。
だけど、あの日。意識を失う前。ウェンディは確かに聞いた気がするのだ。ウェンディの名前を叫ぶヴァンの声を。
(もしかして……やっぱりあの日、ヴァンが助けてくれたの……? フォスターに用があって、ヴァンはうちに来たのかも……。それで、私の様子を見に来て……?)
だが、それでヴァンがどうしてこんな酷い怪我をするに至ったのか。
それがウェンディには分からなくて。
その答えをくれるように、ナミアが悔し気に言葉を発した。
「フォスター様は、お仕事よりもお嬢様を優先されたハーツラビュル卿に大層お怒りになり……っ! 鍛錬場でっ!」
「──っ、まさかフォスターはヴァンに鍛錬と称して酷い指導をしたの!?」
まさか。
そんな、私情を持ち込むなんて。
ウェンディはそう思ったが、どうやらウェンディの考えは当たっていたようで。
ナミアがこくり、と頷いた姿を見て、ウェンディは言葉を失ってしまった──。
「何て酷い事をするの──!」
ウェンディは、自分の口を手のひらで覆う。
悔しくて悔しくて仕方ない。
「ごめんなさい、ヴァン……! 私が気を失わなければ、ヴァンがこんなに酷い怪我をする事も無かったのにっ」
「自分を責めないでくれ、ウェンディ。俺は、自分の行動や判断を悔いていない。ウェンディをナミアに任せる事が出来て良かった、と思ってるんだ」
痛々しい姿で、それでもヴァンは気丈に笑って見せた。
ウェンディに、余計な心配はかけたくない。
そう思っていたヴァンだったが、結局こうしてバレてしまった。
ウェンディが倒れた、と聞いて、それまで家で療養していたヴァンがウェンディの下に駆けつけないという選択肢は無かったから。
ウェンディが目を覚ませば、必然的にヴァンが負っている怪我にも気付かれてしまう。
そして、その怪我の理由を知っているナミアが、ウェンディに話してしまう。想像はしていたが、ヴァンが想像していた以上にウェンディは憤慨し、フォスターに一言言いに行ってやる! と熱でふらふらしつつ、ベッドに起き上がろうとまでしている。
「ウェンディ、ウェンディ落ち着いて。上官の命令に背いたんだ。こうなる事は分かってたし、覚悟もしていた。俺は、納得しているんだ。だから、大丈夫」
「ヴァン……っ」
ウェンディは痛ましげに、悔しげに顔を歪め、唇を噛み締めた。
「ごめんなさい、私に力があれば……強さがあれば、こんな事させなかったのに……」
「いいんだウェンディ。それより、俺はウェンディが早く元気になってくれる方が嬉しい。ナミアから聞いたよ。……フォスターとの契約を破棄したら、いきなり体調を崩したんだって?」
「──っ! そうだわ、そうなの。突然、高熱が出てしまったみたいね……。今までこんな事、一度も無かったから……」
ウェンディは、傍に控えているナミアに顔を向け、問う。
「それで、お父様はお医者様には見せてくれたのよね? 原因は何かしら……? 風邪?」
ウェンディの問いに、ナミアは気まずそうに首を横に振って答える。
「いえ……高熱の原因が分からない、そうです。一応、風邪の可能性もあるから、とお薬は処方して頂きました。お飲みになられますか、お嬢様?」
「ええ、そうね。水を用意してもらってもいい?」
「かしこまりました。少しお待ちくださいね」
ベッドの上に起き、水を入れたグラスをウェンディに渡そうとしたナミアは、ふと服の裾から伸びるほっそりとしたウェンディの腕に目を止め、首を傾げた。
「ナミア?」
「──っ、失礼しました、お嬢様。どうぞ」
「ありがとう」
にっこりと笑顔を浮かべたウェンディに、水の入ったグラスを手渡したナミアは、首を傾げつつウェンディの腕に再び視線を戻す。
──お嬢様の服の裾……あんなに短かかったかしら……?
微かな違和感を抱いたナミアだったが。
ウェンディの部屋の扉をノックする音で、はっと我に返る。
「ウェンディ、起きたのか」
扉の向こうから聞こえたのは、ウェンディの父、侯爵の声。
冷たく、重い声に室内の空気が一瞬にして張り詰める。
(旦那様は、お嬢様が倒れてしまわれたのに、一度もお見舞いに来られず……っ! なんて酷いお方なの……!)
ナミアが扉を睨み付けるようにして見つめていると、侯爵の声に反応したウェンディが「どうぞ」と何の感情も籠っていない声で、答えた。
扉を開け、姿を現した侯爵は、室内にナミアとヴァンの姿を見て微かに目を見開いた。
が、さして気にも止めず、ベッドに起き上がっているウェンディを見て目を細める。
「大した事でもないのに、医者を呼んで……ただの風邪だっただろう。お前ももう少し自分の健康管理くらいしなさい」
「……申し訳ございません」
「全く、これでは、この先あちらでやっていけるのか……」
額に手を当て、ふうと深く溜息を零す侯爵に、ウェンディは微かに表情を変えた。
「この先」「あちらで」とは、一体どう言う事か──。
ウェンディが疑問に思った次の瞬間、侯爵はなんて事ないようにあっさりと残酷な話を口にした。
「ウェンディ。お前の結婚相手が決まった。相手はふた周り以上年の離れた御仁だが……お前がそんな見た目でも構わない、喜んで受け入れて下さるそうだ。出来損ないのお前でも、引き取ってくれる御仁がいた。その奇跡に感謝しなさい」
「──は?」
「ヴァン。ウェンディは嫁入りが決まった。見た目がそんなのでも、ウェンディは年頃の18歳だ。メイドが同席しているとは言え、今後はウェンディに会うのを控えてくれ」
侯爵は、伝えたい事だけを伝え終えると、さっさと部屋を出て行ってしまった。




