11話
フォスターが放った魔法が相手騎士に直撃し、後方に吹っ飛ばされた相手は、そのまま地面に倒れ込みぴくりとも動かなくなってしまった。
模擬戦の進行役が複数慌てて駆け出してきて、相手騎士の容態を確認する。
そして、相手の息を確認し、戦闘続行が不可能だとアナウンスすると、フォスターの勝利を宣言した。
その瞬間、模擬戦場内は割れんばかりの歓声が響く。
ぴくりとも動かない相手騎士を見て、ウェンディは悲しそうに眉を下げた。
「……あそこまでしなくたっていいのに」
ぽつり、と呟いたウェンディの声は、歓声に掻き消されてしまい誰の耳にも届かなかった。
そして、トーナメントを順調に勝ち進んだフォスターは、残りの二戦も難無く勝利を掴んだ。
最終戦など、歓声が凄く、ウェンディの耳を劈くほどだった。
観客の熱が冷めやらぬ中、祭典の模擬戦優勝者、準優勝者が発表される。
惜しくも決勝にまで勝ち進む事が出来なかった護衛騎士達も、自身の主人を模擬戦場に呼び、自らの主人に硝子の薔薇を贈る。
その光景を、ウェンディは見つめ、素直に拍手を贈った。
皆、自分の主人のために必死に戦ったのだ。
喝采を受けるに相応しい戦いぶりだったな、とウェンディはそう思う。
そして、準優勝者の護衛騎士が自分の主人に硝子の薔薇を贈り、観客からは惜しみない拍手が贈られ、最後にフォスターの番がやって来た。
ウェンディの周囲にいる観客達は皆、ウェンディとエルローディアの姿を交互に見やり、噂をしている。
愉しそうに事の成り行きを見守る者。
賭けをする者。
哀れみの目を向ける者──。
様々な種類の視線に晒されるウェンディだったが、ウェンディはただ真っ直ぐ姿勢を正し、無感情に模擬戦場を見下ろしていた。
(私が呼ばれるなんて、少しも考えていないわ。フォスターはきっとエルローディアを呼び、エルローディアの為に用意した硝子の薔薇を贈る)
ウェンディの予想が的中したように、フォスターは幸せそうな、蕩けるような笑みを浮かべ、エルローディアの名前を叫んだ。
「エルローディア様!!」
「──まぁっ」
エルローディアは、わざとらしく自分の口を手で覆い、驚いて見せる。
そしてウェンディに申し訳なさそうな顔をしてみせたが、目の奥にはウェンディを嘲笑うかのような感情がはっきりと浮かんでいた。
「どうしましょう、お義姉様を差し置いて私が……?」
「いいんだ、降りなさいエルローディア」
侯爵がエルローディアに向かって優しく声をかける。
まるで、侯爵はこうなる事を知っていたかのように落ち着き払い、ウェンディに一瞥も寄越さない。
逆に、ウェンディはぎょっとしてしまった。
黙認するのではなく、寧ろ勧めるなんて、とウェンディは言葉を失う。
(お父様は、フォスターがエルローディアを下に呼ぶ事を……まさか知っていたの……?)
そうでなければ、こんなに落ち着き払った態度ではいられないだろう。
フォスターは、ウェンディの専属護衛騎士だ。
その専属護衛が、主人ではなく別の女性を呼んだ。
それは本来であれば、家門に取って恥ずべき行為なのだが、その行為を容認している。
ウェンディの驚きに気づいているはずなのに、侯爵はウェンディに顔すら向けずエルローディアを促している。
「……それじゃあ、仕方ないわよね。ごめんなさいね、お義姉様? フォスターの薔薇の花……私が頂く事になってしまいそう……」
「……ええ、どうぞ」
「ふふふっ、ありがとうお義姉様」
周囲からは嘲笑の声と、蔑みの視線がウェンディに降り注ぐ。
一部からはやっぱりこうなったか、と囁く声が聞こえた。
ウェンディは自分のドレスの裾を力一杯握り、その視線や言葉に耐える。
そうしていると、エルローディアが模擬戦場にまで降り立つのが見えた。
フォスターはエルローディアの腰をしっかりと支え、満面の笑みを浮かべて彼女を抱き上げた。
そして、模擬戦場内に良く通る声で言葉を発した。
「──私の想いを込めた、硝子の薔薇は……私の新しい主人となるエルローディア様に捧げる!」
「……えっ」
フォスターの宣言に、ウェンディは驚きに目を見開いた。
「私は、出来損ないの妖精姫、ウェンディ・ホプリエル嬢との専属護衛契約を破棄し、私の本当の主人、エルローディア・ホプリエル様と専属護衛騎士の契約を結ぶ!」
フォスターの言葉が模擬戦場に響いた瞬間、一瞬模擬戦場は静まり返り、次の瞬間にはどっと歓声が轟いた。
その様子を満足そうに見回していたフォスターは、驚くウェンディの顔を見て、嘲笑うような顔に変わり、言葉を続けた。
「この契約の破棄と新たな契約の結び直しは、ホプリエル侯爵様も認めた、正式なものとなる! エルローディア様は、私の新しい主人! エルローディア様を害する者は、私がこの手で葬り去る! 肝に銘じよ!」
フォスターの言葉に、観客は今日一番の歓声を上げた。
ただ一人、観客席でぽつりと置いてけぼりになってしまっているウェンディは、信じられない思いで、自分の父を見つめた──。
お父様は、全部ご存知だったのね──。
ウェンディは、愕然とした。
いくら出来損ない、と蔑まれていても。
父と母だけは最後まで自分を見捨てないだろう、と。見限らないだろう、と勝手に思っていた。
だが、ウェンディのその認識はとても甘かった。
侯爵家の恥となる娘など、ウェンディの父と母は簡単に見捨てるのだ。
それを悟った時、ウェンディの中から父と母に対する親愛の情が、音を立ててガラガラと崩れ落ちた。
要はホプリエル侯爵家の娘が、国随一の護衛騎士と専属護衛騎士契約をしていれば、それはどちらでもいいという事なのだろう。
ウェンディでも、エルローディアでも。娘であれば、どちらでもいい。
寧ろ、出来損ないと呼ばれるウェンディより社交界で評判の高いエルローディアがフォスターの主人である方が都合が良いのだろう。
理解したくなくとも、ウェンディには理解できてしまった。
だから、実の娘がこのような大勢の人間の目の前で恥をかこうとも気にしていないのだ。
ウェンディは、自分の心の中でぷつり、ぷつりと何か細い糸のような物がちぎれていくような、奇妙な感覚を覚えた──。
◇
祭典最終日の模擬戦が終わり、 ホプリエル侯爵邸に戻った。
戻ったばかりだと言うのに、侯爵は馬車から降りるなりウェンディに向かって冷淡な声で告げた。
「ウェンディ、フォスターとの専属護衛騎士契約を破棄する。このまま着いて来なさい」
「──分かりました、お父様」
ふふ、と勝ち誇ったようなエルローディアの声が背後から聞こえる。
ウェンディの母は、エルローディアに声をかけてウェンディには一瞥もくれる事なく邸に入って行く。
契約の破棄は、ウェンディとフォスター両名が必要だ。そのため、必然的にフォスターもその場に残っており、侯爵が歩いて行く先に着いて行っている。
「ウェンディ嬢、侯爵が行ってしまいます。お早く」
既に他人行儀な振る舞いのフォスターに、ウェンディは最早面白くなってしきてしまった。
人の情とは、なんと脆いものか。
ウェンディの心は失意に覆われていた。
「分かっているわ」
小さく返事を零し、ウェンディは侯爵の後を追う。
到着した場所は、鍛錬場だ。
専属護衛騎士契約は、魔法契約である。
契約者両名が契約魔法のかかった書類に、小刀で自分の指を浅く切り、血を垂らして契約を行う。
契約の破棄など、まさか自分がするとは思わなかったウェンディだったが、破棄の仕方も契約を結ぶ時同様の手順で行う。
ウェンディとフォスターが契約をした時は、当主である侯爵が見守る中、書斎で行われた。
契約する両名が契約に納得していれば、無事に契約は成る。
だが、もし。もし、万が一どちらかが契約に納得していないと、魔力が反発し合い、魔法が暴走を起こしてしまう、らしい。
けど、契約を結ぶ時のウェンディとフォスターは誰がどう見てもお互い信頼し合い、愛情を抱きあっていた。
だから、万が一の暴走の可能性など考える必要などなかった。
だが、今回は。
(私が反発すると、思っているのね……。反発なんてしないのに)
ウェンディが抵抗すると思っているのだろう。
そのため、防御魔法で守られた鍛錬場を選んだ。
万が一ウェンディが暴れても、すぐに制圧できるよう、最適の場を選んだらしい。
「ウェンディ嬢、あなたの番だ」
「……分かったわ」
小刀で自分の指先を切り、契約魔法のかかった書類に、フォスターが血を垂らした。
そして無表情でウェンディに小刀を渡してくる。
ウェンディは小刀を受け取り、躊躇いなく自分の人差し指を切った。
ぴりっとした痛みが指先に走ったが、ウェンディは僅かに顔を強ばらせただけで、躊躇いなく血を垂らした。
瞬間、二人の魔力に呼応して、契約書類が微かに光を帯びる。
まさか、ウェンディが少しもごねる事なく血を垂らすとは思わなかったのだろう。
肩透かしを食らった、と言うような顔をした侯爵が契約書類に手を翳し、魔法を発動させる。
「──両名の契約の見届け人、タークナー・ホプリエル。両名は、専属護衛騎士契約の破棄を行う。異論はないな?」
侯爵の言葉に、フォスターがはきはきと答えた。
「異論ございません」
「ウェンディ・ホプリエル、異論ございません」
ウェンディとフォスターが答えると、二人を淡い光が包んだ。
「ならば、両名の契約の破棄を」
侯爵がそう告げた瞬間、ウェンディとフォスターの体を包んでいた光が、すうっと無くなり、次いで体の中でぱつん、と何かが弾けたような感覚がした。
フォスターも、それを感じたのだろう。
驚いたように目を見開き、自身の両手を見下ろしている。
「──無事、契約は破棄されたようだな。ウェンディ、自室に戻っていい。ウェンディの身の振り方は、後日指示する」
「分かりました、お父様」
侯爵は、もう用はないとばかりに鍛錬場を後にする。
フォスターは、ウェンディに向き直ると晴れ晴れとした表情で告げた。
「これで、俺とあなたの契約は無くなった。もう、俺に縋りつかないで下さいよ、ウェンディ嬢」
何がおかしいのか、フォスターは愉しげに笑いながらウェンディを置いて鍛錬場を出て行く。
ウェンディは、一人残された鍛錬場で、首を傾げていた。
「……さっきの、感覚は何……? 一度目のあれは、契約を破棄した時の感覚だったのは分かるんだけど……。何かが、もう一度弾けたわ……?」
首を捻りつつ、ウェンディは自室へと戻るため、歩き出した──。




