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桃太郎  作者: 蒼月想
1/2

鬼刈は、夜のコンビニから始まる

深夜二時過ぎのコンビニは、世界から切り離された箱みたいに静かだった。


 冷蔵棚の低い唸り声。

 蛍光灯の、疲れたような微かな震え。


 それ以外の音は、ない。


 レジの奥で、俺はコーヒーマシンの洗浄ランプをぼんやり眺めていた。


 夜勤三日目。

 正直、もう限界だった。


(……あと何時間だっけ)


 スマホを取り出す気力もない。

 頭は重く、時間の感覚が溶けて、現実味が薄れていく。


 ――その時だった。


 背中を、ぞわりと撫でる感覚。


 理由は分からない。

 ただ、はっきりと分かった。


 見られている。


(……?)


 反射的に、入口のガラスを見る。


 自動ドアの外。

 街灯の下に、人影が立っていた。


(客、か)


 そう思おうとして、できなかった。


 動かない。

 まるで、最初からそこに立っていたみたいに。


 背が、やけに高い。

 肩の高さが、左右で微妙にずれている。


 それ以上に目を引いたのは――影だった。


 街灯に照らされているはずなのに、

 足元の影だけが、異様に濃い。


(……こんな影、出るか?)


 胸の奥が、じわりと冷える。


 人影は、ガラス越しにこちらを見ていた。


 目が合った。

 ――気がした。


 次の瞬間。


 ウィーン、という間の抜けた音とともに、

 自動ドアが開く。


 鈴が鳴る。


 開く、というより――

 吸い込まれるみたいに、人影が中へ入ってきた。


「い、いらっしゃいませ……」


 声が震えた。


 無理に明るく言おうとして、

 自分でも分かるくらい、情けない声になる。


 入ってきた“それ”は、ゆっくりと顔を上げた。


 顔は、人間だった。


 年齢も性別もよく分からない。

 どこにでもいそうな、特徴のない顔。


 ――目を除けば。


 白目がない。

 全部、黒い。


 照明が映り込んでいるはずなのに、

 光を一切、反射していない。


(……あ)


 全身に鳥肌が立った。


 目が合っているのに、

 こちらを見ていない。


 いや、違う。


 見ている。

 ただし、それは人を見る目じゃない。


(……肉、だ)


 そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。


 レジ越しに、観察されている感覚。

 値札でも、商品でもない。


 俺自身を、値踏みされている。


 一歩。

 床が、きしんだ。

 距離が縮まる。


(……来るな)


 逃げなきゃ、と思う。

 バックヤードに走れば――

 非常口が――


 ――体が、動かない。


 足が床に貼りついたみたいに重い。


 呼吸が浅くなる。

 心臓の音だけが、やけにうるさい。


 一歩、また一歩。


 近い。

 近すぎる。


 その瞬間、恐怖がはっきりと形になった。


 ――死ぬ。


 理由は分からない。

 でも、なぜか確信だけはあった。


 ここで。

 今。

 誰にも知られず。


 次の瞬間――


 ――ガシャン!!


 横合いから、ガラスが爆ぜた。


 破片が散る。

 低い唸り声。


 一匹の犬が飛び込んできた。


 柴犬に似た雑種。

 片耳が欠け、毛並みは荒れている。


 だが、その目だけが異様に鋭い。


 犬は迷いなく跳び、

 “それ”の脚に噛みついた。


「――ギィィッ!!」


 人間の喉では出せない悲鳴。


(なに、これ……)


 現実感が、剥がれていく。


 そして。

 入口に、もう一つ影が立っていた。


 二十五歳前後に見える男。

 切れ長で、半分ほど閉じたままの眠たげな目。


 白いシャツに、黒いネクタイ。

 その上から無造作に羽織った、黒のダウンジャケット。


 ――そして、肩に日本刀。


 男は店内を一瞥し、

 ほんの一瞬、眉をひそめた。


 額には、桃の紋章。

 腕章には、二文字。


 鬼刈。


「……逃げなくていいですよ」


 低く、気の抜けた声。


「今動かれると、守れなくなりますんで」


「は、は……い……」


 返事をしようとして、

 恐怖と混乱で、うまく声が出ない。


 次の瞬間、“それ”が跳んだ。


 速い。

 人間の動きじゃない。


 だが――


「遅い」


 一閃。


 音は、なかった。


 あまりにも一瞬すぎて、

 “それ”は何が起きたのか分からないまま、

 間の抜けた顔をしていた。


 次の瞬間、身体は二等分され、

 内側から崩れ、黒い塵になって消えた。


 残ったのは、焦げた臭いと、

 床に走る一本の斬痕だけ。


 静寂。


「……消えた? やっつけたんですか……?」


 やっと、声が出た。


「はい、もう大丈夫です」


 男は刀を納め、犬の頭を撫でた。


「シバ。よくやった」


 犬は短く吠え、尻尾をぶんぶん振った。


「あなたは……何者なんですか?」


 男は、振り向かない。


「名乗るほどのもんじゃないです」

「ヒーローでもないですし」


 そう言いながら、

 レジ横へ歩いてくる。


 ――そして。


「……おでん、まだあります?」


「え?」

「見てたら、腹減ってきて」


 一瞬、頭が追いつかなかった。


「あ、あ……あります……」

「じゃあ、大根と玉子ください」

「あ、からし多めで」


 普通に会計をする男を前に、

 俺は震える手でトングを握るしかなかった。


「……あ」


 会計直前、男がポケットを探る。


「ポイントカード、家でした」

「……は、はあ」

「……あ」


(今度は、何だ)


「からし、多めにしてくれました?」


 この人はすごいのか、

 天然なのか、よく分からない。


 少し気が抜けて、

 なぜか俺も腹が減ってしまった。


「……はい。しましたよ」


 そうして、男は犬を連れて、

 コンビニのドアを背に暗闇へ消えた。


「俺も今日、おでん食べよう」


 そんな日だった。



 後日、このコンビニが襲われたという通報に対し、

 警察はこう記録した。


「深夜、店舗ガラスの破損を確認」

「不審者の侵入痕あり」

「遺体なし」

「犯人不明」


 防犯カメラの映像には、

 決定的なものは何も残っていなかった。


 だが――

 俺だけは知っている。


 あの夜、確かに“何か”がいて、

 そして――刈られたのだ。


 これは、まだ序章に過ぎない。


 現代に蘇った、鬼退治の始まり。


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