八拾話 暗影
「なるほどな……。ところで、君の妹って……」
「ん? ああ、会いたい?」
「まあな。会いたい」
「なるほどねー」
桜羅が指を鳴らした。
「藤花。入ってきて」
言うと、扉が開き、桜羅によく似た人物が入って来た。
違いがあるとすれば、桃色の瞳の桜羅に対して、彼女は濃い紫色。
ダスティピンクの桜羅の髪が江戸紫になっていたりと、色の違いはあれど、背丈や顔立ちは似ている。
まあ? 俺とマルムほどではないけどな。
「僕の妹、藤花・光麟」
「いつも兄……姉上がお世話になっております。藤花です」
「藤花? 次にこの人たちの前で僕のことを兄と呼んでみな? お姉ちゃんは起こると怖いぞ」
「あ、姉上。変な冗談は止してください。お客人の前ですよ」
妹の方がしっかりしてるじゃん! 桜羅、お前……。
「改めて紹介するよ。アレン。僕の妹、藤花だよ。歳は確か……イッコ下だから、十六歳?」
「昨日誕生日で十七。昨日、飲んで飲んで飲みまくってたじゃないですか? 妹の誕生日の癖に、主役よりも飲んだくれちゃって」
お前、飲兵衛だったんだ。
俺は全然飲めないから、コイツと食事するときは気を付けよう。
「だったら僕は酔いつぶれて忘れてるね。で、アレン。確定でいいよね?」
「ん、ああ。問題ない」
ちょっと照れてる。
こんなアレン、滅多に拝めないな。
隣に座ってるアレンを肘で小突いた。
「リシュアン、分かってるよな?」
澄ました顔でもの凄い圧をかけて来てるッ……。
「……姉上、この御方……」
「ん。光龍のアレン王だけど、どうかした?」
「私会ったことあるよ! 花見の時に、ちょっと話した!」
「……ああ! やっぱり、どっかで見たことあると思ってたら」
「またお会いできて嬉しいです。と、いうか……光龍王様にあの時の私タメ口で話してました! 申し訳ございません!」
「全然、気にしてないよ」
二人が盛り上がっている横で、俺と桜羅の目が合った。
立ち上がり、そっと部屋を出る。
「相思相愛でお似合いなんじゃない?」
「やっぱり、考えることは同じだねー。でも、まあ、ちょっと妹に甘くしすぎたかなーって思っちゃう悪い姉がいるよ」
「どうしてだ?」
「そんなの、決まってるじゃん。妹がアレン王好きだって言ってたから、ちょっと強引に結びつけただけ」
「妹にはそんなに世界が甘くないって教えたいのに、甘やかしたい自分に負けた……ってことで合ってるか?」
「正解。でも、ま、妹は妹で私と違ってしっかり者だし、きっと何とかなるよ」
「自覚はあるんだ。自分がしっかりしてない」
「当たり前でしょー?」
そう言って桜羅がドアノブに手をかける。
「妹もそろそろ独り立ちさせるべきだしねー」
ドアを開くと、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「で、桜羅。君はここまで見越して、わざわざ妹をこんなクソ寒いところまで連れて来たと」
「鬼畜ですよね。私の姉上。もし、アレン王に話しかける機会が無ければ私は寒がり損になっていた所でしたよ。ね? 総司令殿?」
「あ、ああ。そうだな」
「しれっと僕の悪口言ってんじゃねー!」
桜羅が妹を追いかけ始めた。
俺とアレンの笑い声が響いている。
あぁ。こんな時間が永遠に続けばいいのに。
でも、現実はそうそう甘くはない。
♦♦♦
「チッ。ここを出るのに半年近くかかってしまった。ったく。フィレル殿らの援助が無ければ俺はとっくに地獄への道を歩き始めている所だった」
地下牢の出口から人が出てきた。
何かぶつくさと言っている。
モンステッド・ハエルか。
一歩踏み出した。
「モンステッド・ハエル元内政副長官殿……ですか?」
「ああ。そうだ。ところでアンタ、リシュ……。マズい!」
クソ。走り出された。
俺、マルム・レオンハルトはそもそも運動が得意じゃない。
走る速さなんて凡人以下だ。
そんな俺に走らせやがって!
「ま、待て! リシュアンじゃない!」
「はぁ? 記憶喪失再開したんじゃねぇのか!?」
そう言って振り向いたモンステッドの顔を押さえつける。
「観念しろ。王や両宰相がいない王都でも、ちゃんと囚人監視は怠っていないからな。この事は後で法務に報告するから、そのつもりで宜しく。とりあえず、とっとと牢に戻れ!」
衛兵がモンステッドを連れて行く姿を見届けて、俺は一人で暗い夜道を王宮に向け歩き出した。
囚人街に一番近い場所にある旧モンステッド邸の周辺を通りかかった時、一人の男とすれ違った。
「あのー、そっちは囚人街しかありませんよ」
黒いフードを深々と被っていた男に声をかけた。
こんな時間に、こんな格好をして歩く種族はただ一つ。
不審者だ!
「気付かれたか……。チッ」
「あ、おい、ちょっと!」
走り出した不審者を俺は追いかけようとして、息が上がっていることを再確認した。
「ハッハー! 王宮武官ともあろう人間が、こんなちょっと走っただけで息が上がってるとはなぁ!」
「んのヤロー!」
十分後。
「大人しくしろ。イレンボル・ハエル」
「んで、お前がここに居んだよ。てか、モンステッドは何をしとるんだ!」
「牢屋で反省中だ」
「ハァ!? ふざけんじゃねぇよ!」
「運が無かったと思い、諦めろ」
そう言い切り、顔を上げた時、ゆらゆらと歩き、こちらに向かってくる人影が見えた。
「我らは〈暗影〉。その男を渡してもらおう」
真ん中の人間が仮面の下で話し始めた。
仮面には複雑な模様と鬼の顔が刻まれている。
そのせいで顔も見えず、声もくぐもった状態となり、ダボっとした服を着ているため、性別の判断も中身の人間の年齢を推し測ることもできない。
「拒否する……とでも言ったら?」
「殺す」
「おー、それは怖い。でもな、俺だってこの重犯罪人をそう易々と引き渡す訳にはいかないんだよ!」
背中から剣を引き抜き、構える。
相手が暗殺者だろうと何だろうと、俺を殺そうとするなら、出来る限り返り討ちにするだけだ!




