七拾弐話 ランシェ・アトークエ
「バルバトス! 敵軍の横陣の後方から戦闘の気配を感じる! 行って来ても良いか!?」
「好きにしろ! 俺は今それどころじゃない!」
♦♦♦
「南都王、離脱します!」
開戦より二時間程経ったとき、戦況に異変が起きた。
南都王が軍を払い、東向き――――東都王の向かった方向へ動き出したのだ。
南都王の軍がいる以上、バルバトスやクロイザンの方を窺い知ることは出来ない。
もしも、あちら側で何らかの異変が起きたとしてもそれを知る余地はない。
例え、二人が戦局を大きく動かす程の働きをしても、将又その逆だとしても。
「物見より報告! 東都王は現在バルバトス将軍本陣に接近! 急襲の構えです!」
まさかっ‥‥!
物見から伝令、伝令から俺へ情報が届くには伝言ゲームをしてもかなりの時間を要する。
ならばもう、バルバトス将軍の墓石が建っていてもおかしくはない。
「ジャンヌ、ランシェついて来い!」
迷っている暇はない。
ランシェがさっき帰還しことを俺は目視で確認したし、ジャンヌは俺の親衛隊の隊長を務めている。
ならば確実に両名が居ることは明白だ。
「承知!」
ランシェの声がした。青銅の槍や鎧を身に着ける槍騎兵が続いて来る。
周りを見れば俺の親衛隊とジャンヌもいる。
ジャンヌ・フィアレ。俺の親衛隊の隊長を務める女傑。
「後方! ジオア軍が迫っています!」
もう残された兵たちが生き延びる道は絶望的だ。
国の英雄と数千の兵を天秤にかけた場合、どちらに傾くかは想像に易い。
だが、出来るだけの事をするのが軍総司令――――いや、一人の人間としての責務だ。
「ガルムを将に――――いない場合はユリウスを中心に南進。王都軍の方へ抜ける様に命令を」
後ろの憂い。
これを完全に払拭することは出来ない。
だが最低限にすることは可能だ。
何事であろうとな。
「ジャンヌ、俺が前に出る。親衛隊を退けろ」
腰に差した双剣を引き抜く。
視界の中央。一段と大旗が集まった場所がある。
恐らくはそこがバルバトス本陣。
そして東都王の居場所。
間に合わなくても遺体だけは回収する‥‥!
「総司令! 前方バルバトス軍本陣は壊滅! バルバトス将軍は行方知れず! 東都王もバルバトス将軍と共に何処かに消えたと思われます!」
「間に合わなかった‥‥いや、そんな筈はない! 将軍は‥‥! 探せ。彼がいなくなれば光龍はそれこそ終わりだ。生き残った英雄の一人‥‥。バルバトス・パルヴァリンはこんなところで死ぬ筈はない。いや、死んでいい筈がない。死ぬことは俺が、軍総司令リシュアン・レオンハルト許さない。奴からは‥‥。奴からは‥‥」
父上と戦った時の話を聞き出す義務があるから‥‥!
♦♦♦
「これで目標の五つの頸の内、一つを切り落としましたね」
「ああ、次の標的はゲルム・フェルディエスとミナ・ハルシオンだ」
全身の合図を出し、森を抜けるべく、その地を後にした。
勿論、我が槍の切っ先には男の頸が突き刺さっている。
♦♦♦
「南東方向。森の中から東都王の軍を発見! 距離数百メートル!」
走れば……間に合う。
今度こそ、邪魔はさせない。
弔うぞ。バルバトス将軍……!
「出るぞ。間に合う」
息も途切れ途切れだ。
日の入りが近い。
ここで決めきらなければ夜戦だ。
いや、野戦になっても必ず殺す。
「貴様だけは許さない」
兵数差は凡そ二千程度。
俺達は三千ちょっと、東都王はさっき分離して、五千前後。
二つに分離した片方を俺が、もう片方をガルムとランシェに追わせている。
つまり、俺は二分一の賭けで南に逃れた兵団を追っている。
少数同士で、両者共に足が速い。
だからとっくに時間は十一時近い。
付近の山の形を見れば霊川の北岸辺り。
「こんなに南下して、何が狙いだ?」
「前方の軍が反転! 前列接触します!」
五千の敵軍が反転。
こちらに向かってきた。
と、いうことは足止めのつもりか。
つまりこれ囮。二分一を外したか。
つくづくついてないな。運に見放された。
ここまで来たなら、平原まで戻るには朝になっている頃だろう。
既視感があるな。
この戦場の形。
奴に一番最初に敗北した時、俺は焦り、無茶な夜間行軍と、本軍から引き剥がされ、包囲攻撃という東都王の術中に嵌り、抜け出せないままに敗北した。
今回も同じ‥‥。そんな筈はない。
「ユリウス! 頼んだ!」
託したぞ。
俺の後ろは。
「ガルム‥‥! 無事だったか‥‥」
東都王本軍と交戦し、生き残ったのだから、バルバトスよりもか。
いや、止めておこう。
「しかし‥‥よくない報告が二つ」
一つ、ランシェ・アトークエ。討ち死に。
二つ、バルバトス・パルヴァリン。頸を確認。
バルバトスは半分諦めていた。
ランシェは最近頭角を現し、ガルドに並ぶ働きをしていた。
それを奪われた。腹心の一人を。
槍騎兵は全員特攻。
ランシェは葬獄や他の兵団問わず、とても慕われていた。
それを失ったとなると、兵が下を向くのも当然だ。
でも、戦友の死を悲しまない奴はいない。
だが‥‥。
「何故‥‥奴は俺をこれ程苦しめるのだろうな。俺の父を知る機会を奪い、俺の腹心を殺した‥‥」
「それが、戦場ってもんだよ。悲しむ必要はないと思うけどね」
この声‥‥聞き覚えが無い。
「おっと、君に名乗っては無かったね。俺の名前はウィンダス・ヴァルハール。姉様を殺したのは君だよね。リシュアン・レオンハルト」
月夜に塗れひらひらと手を振る少年は、俺に追い打ちをかけた。
「大丈夫。怒ったりはしない。ただ、間接的に君が死ぬように仕向けてきた人間の一人であることだけは教えてあげるよ」




