六拾捌話 厄災
初日が終わった。
両軍共に将校などが討ちとられることは無く、只々兵数の削りあいとなった。
「明日以降は中央軍を大きく動かす。俺は中間地に入り、全体を前のめりに指揮する。後方本陣はアイリスに任す」
「承知いたしました。そうそう、セリウスより文が」
リシュアン・レオンハルト軍総司令様へ
氷晶軍の軍容を〈月華〉の密偵達に探らせ、情報を掴みました。
今回は空席の西都を除いた央都以外の全ての王が出陣。
その総数は掴めているだけでも百二十万前後。更に、光龍とは遠く、情報量が少ない北側はまだ兵を隠している可能性もあります。
その場合、一番に狙われるのは葉桜軍です。故に、北西側に注意を払った方が宜しいかと。
総司令の正面の東都王、王都軍と相対する南都王、葉桜軍の正面に布陣した北都王の三王以外の地に、名の知れた将や特筆すべき将はいないようです。
故に総司令は自らの正面のみに集中し、東都を放さないことが肝となります。
もし、総指令が主攻となられるのであれば、他軍と足並みをそろえるべきかと。
ご武運、お祈りしております。
アリシア・ヴァルティア、マルム・レオンハルト
「気を使わせるな。二人とも。安心しろ。今回は負けない。東都に勝つ」
二日目。
「第十二歩兵大隊の進撃が遅い。三千の騎兵を送ってやれ」
喧騒の中。俺は周囲に目を向け、指揮をしていた。
台車や小岩には上らない。
登れば、弓兵や狙撃手の格好の的となり、死ぬことに変わりはないからだ。
正直、地上目線で各地の戦況を推し量ることは難しい。
「第十二歩兵大隊、攻撃第三戦に進みました!」
それでも、俺がこの位置から指揮できるのは、師が教えてくれた技術のおかげだろう。
俺の師は王都に赴任してら、見習い軍師官の時に俺に軍略を教えてくれた今は亡き、先代の軍総司令だった。
それはかの英雄。三世代前の将が教えてくれた技術だ。その男は五龍イオ・アストレイとシグルド・ハーゲンの二人を育てた逸材だ。
俺の師の名はマルクス・ヴァレンティア。
四神最後の一人であるアルトゥス・ヴァレンティアの叔父にあたる人物だ。
ヴァレンティア家はもともと、光龍の名貴族であり、一定の地位を持つ大家だった。
しかし、稀代の当主と期待されたアルトゥスが謀反を起こし、その地位は急落。アルトゥスは国外永久追放となり、ヴァレンティア家も貴族としての地位を失った。
しかしマルクスの才能は底を見せず、数年後、新たに即位した先王が登用した。
そして前線を退いた後は、三十年に渡り軍師学校の教師を務め、前述の二人や俺を育て上げ、三年前、結核で亡くなった。御年九十八歳。異例の長命で大往生だった。
「左方に騎兵敵襲です!」
「第六騎兵分隊を出せ。止めさせろ」
淡々とした指示が飛ぶ。
戦場において、騎兵が突っ込んでくることは何ら不思議ではない。
むしろ自然な事といってもいい。
相手を攪乱するうえで、敵将の近くに騎兵を充て、指揮系統を混乱させるのは上策だ。
だがそれは精々将軍級までの指揮官に限られる。俺のような軍総司令や聖騎士、英雄になってくるとそんな行動に一喜一憂しなくなる。
「第六騎兵分隊、交戦に入りました。やや劣勢となり、救援を求める旗と総司令の一時退避を求める旗を掲げています!」
「後方前列の第九騎兵大隊を動かせ。それで抑えろ。必要になれば俺が退避する」
「第六騎兵分隊、分断されました! 第九騎兵大隊、間に合いません!」
そんなにも早く第六分隊が抜かれたのか‥‥。少々計算外の動きだ。
リカバリーは微妙だな。
「右方に脱出口を作れ。そこから出る」
俺が退くのは兵の士気を落とす要因の一つともなり得る。だからあまり退く気にはなれないのだが、俺が討たれた方が兵の士気が下がるのは火を見るよりも明らかだ。
癪だな。たかが騎兵の急襲で引かざるを得なくなるなんてな。
右向きに走っていると、後方で轟音がした。
騎兵が大きく飛んだ。その騎乗していた兵が宙に舞った。
そこにあったのはとても大きな、強大で非常なまでの暴力。
旗を見ても所属や将の名前を推し量ることは出来ない。
力の塊は速度を増し、どんどんと俺に迫って来る。
「ここなら、光龍軍の内側だ」
俺は周囲を見て確信した。
俺の率いた葬獄や獄龍を中心とした本陣兵凡そ一万は、そのまま右に進むのではなく、少し南向きに走っていた。
南とは光龍国側であり、光龍兵が集まっている場所でもある。
追われるのであれば、周囲の兵と共に打ち砕けばよいだけだ。
仮に真っ直ぐ右に進んでいて、正面から強軍が現れるようなことがあっては一網打尽だ。
「旋回。まんまと入って来た敵を討つ」
俺の号令の下、本陣兵は旋回し、敵軍の方向へ向きを合わせた。
周囲の軍も本陣兵団に合わせ、向きを変え、正面からの衝突に備えた。
どう見てもあの軍はただものじゃない。
破壊力を比べるならばゲルムとその直下兵団に値する‥‥いや、それ等を超える程の破壊力を有している。
一目見ただけで本能が叫んだ。あれは手強いと。
「少し隊ごとの間隔を取れ。あんな破壊力を持つ軍の前で固まっていては危ない」
破壊力のインパクトは兵の密集によっても変わる。
すかすかの物を大きな力で壊すよりも、密集したものを大きな力で壊した方が派手になるのと同じだ。
軍が固まりすぎていれば、その分被害も大きくなる。
ならば隊ごとに間を開けたほうがその被害は少なからず小さくすることが出来よう。
「強軍、こちらに向かって来ません! そのまま正面を通過!」
ここが戦場でなければ地響きや地鳴りとも思えるような音を地面が唸らせ、正面を例の強軍が通過した。
凄まじい速度と力を併せ持ったその化物たちは、俺達の正面を通過し、右側に抜けて行った。
流星の様に現れ、厄災の限りを尽くし、彼らは消えて行った。




