六拾陸話 呟く様に
ガンガンガンガン!
夜十一時。北壁で警報の鐘が聞こえた。
決める気だ。
「半数を城壁上へ!」
「ああん? 聞いてられるか⁉」
「ああ! あんたはどうせ裏切り者なんだろ!? この城を相手に明け渡して他国に亡命するつもりなんだろ!?」
あーあ、そろそろヤバいよ。
下の兵達の臨時宿舎からバルバトスへのヤジが飛び、命令に逆らう兵士が出てきた。
「内側からの崩壊は防げないかも。持っても明日一日かな」
「ええ。明日の夜には内側から城門が開くでしょうね」
「それまでに奴らが退いてくれるかしら」
東壁の望楼に頬杖をついて考え事。
「十中八九そんなことは無いでしょうね」
「‥‥! 報告! リ、リシュアン様起き上がられました! 現在山脈東側に」
「いっ、いつの間にですか⁉」
♦♦♦
東の炎獄火山の方から日が上った頃、俺は号令をかけた。
「さーて、と。山脈の向こう側に居る葉桜軍に伝令。封鎖を開始」
「前衛軽装騎兵大隊と旗体! 封鎖開始!」
側近たちがあわただしく動き始める。
「ランシェやアイリスの葬獄兵は山脈に入り、氷晶軍を挑発して、こちらに誘導してください」
「わっ、分かりました!」
俺の近くに居たアイリスが自信なさげに答え、一千騎の葬獄は山脈内へ消えて行った。
ここから山脈内セリウスまでは往復で凡そ半日。
なら、奴らがここを通るのは日付が変わる頃か。
♦♦♦
「後方! 光龍軍。精鋭騎兵と思われます! さらに後方、山脈出口付近に光龍軍と葉桜軍が包囲陣を作りつつあると!」
「オルフェン様を呼び戻せ! 両壁の軍長にも撤退命令を!」
城壁上は八割を攻略。しかも、内部からも喧騒が巻き上がっている。
あと一時間としないうちにこの城は落とせる。
日が暮れる前に。
だが、後方に敵が居れば違う。
ここで、後ほんの少しで落とせるからと言って留まるのは、愚者の選択だ。
央都王には申し訳ないが、敵は討たせてあげられません。
「しかし‥‥!」
「ここに留まって仮に城を落としたとしても、補給は⁉ 脱出路は⁉」
「そ、それは‥‥」
「ここは現光龍国領の内部。もし、落としたとしても脱出をするだけでも一苦労だ!」
俺はここまで叫び、肩で息を吸った。
「央都様! 落ち着かれて下さい!」
「黙れ!」
迫って来た央都王は俺を鋭い眼光で睨みつけた。
「ヒメル! 貴様、全軍退却とはどういう要件か!」
その血に塗れた大剣を、俺の顔擦れ擦れに振り下ろされた。
俺の銀髪が靡く。
「状況をお考え下さい。仮にこの城を落としたとして下さい。補給無し、救援無しの中、光龍国のかなり内部にあるこの城を守り続けるのは不可能に等しい。軍事総括官の私や、最大の権威を持たれるオルフェン様が居られてもです」
「だが、あの中には我が子の仇が————」
「たかが、そのような」
「『たかが』とはなんだ!? 子の敵を討とうとする親の何が悪い!」
「子が軍に行くのを許した親は誰ですか? 死ぬ可能性もありましたけど、それを許したのはオルフェン様以外、誰でも無いですよね? それに、家族関係を戦場に持ち込まないで頂きたい! そのような愚かな感情が死を早まらせ、軍の壊滅を招くのです!」
風切り音は俺の首を撫ぜた。俺の首筋ギリギリにその刃が迫る。
「その言葉、決して軽い訳ではないぞ。だが、その進言は汲み取ってやる」
振り返った央都王はマントを翻し、命を下した。
「無念だが、全軍、退却だ」
小さく呟く様に。
♦♦♦
「氷晶軍、通過します!」
「道を開けろ! 迫ってきた敵は殺して構わない!」
ドドドドドドと地を揺らし、地均しの第一波が進み始める。
「奴らが過ぎ去るまで、休息に入ることを許さない! 警戒しろ!」
♦♦♦
「リシュアン様‥‥」
「リシュアン様!」
呼びかける声が近づく。
目を覚ませば、そこは王都医務室だった。
状況理解までの三秒、俺が口を開くまでの数秒。朝風が通り抜ける医務室に静寂を残した。
「どうなった? あの後」
思った以上に舌の回りがいい。
「あの後、我らは西都王を討ち取り、セリウスまで撤退。セリウス内城までの侵入を許しましたが、リシュアン様に扮したマルム様が光龍軍と葉桜軍を率い、氷晶央都王が率いる軍を撤退させました」
詳しい状況説明も踏まえ、アイリスが説明を行い、俺は起き上がった。
今は八月。このままでは一年を棒に振ることになる。南部での一生を除き得た領地はない。確実に北部で勝つ必要がある。
だが、俺は未だ維持しているだろうか。軍総司令権を。
「俺は未だ軍総司令を維持しているか?」
「はい。マルム様やアリシア様の尽力により、更迭も無く、引き分けという結果が猶更大きく、軍総司令権剥奪もありません」
「分かった。ならばもう一度北部に出向く。北部軍、西部軍、中央部軍、南部軍、東部軍の光龍国全軍に伝令。北部攻略準備を始めさせろ。葉桜はこの情報を掴み、どう動くか考えるだろう。とにかく、今は俺達でやれることをやる」
羽織を羽織り、俺は軍議の間へ向かった。右脇の痛みや左腕の骨折もほぼ回復したようだ。
「次の戦いは大きくなる。気を引き締めろ」




