六拾弐話 死の軍勢
勝鬨が右翼全体を包み込むと中央から銅鑼の音が鳴った。
それと同時に中央軍は陣形を組みなおし撤退の準備へ入った。
「ランシェとユリウスに後方指揮を任せながら順次後退を開始。敵軍にも西都王の死亡を伝えてやれ。同時に撤退になる筈だ」
「被害は今日昨日を合わせて九万。敵軍の機能の損害は六万。今日の右翼の奮戦で合計十万近くの兵が死んでいるでしょう。痛み分けという形で両者敗北となれば総司令の失職も防げるやもしれない‥‥。さすがです。ガルム大将代理、アイリス大将代理補佐」
「いや、その理由なら後付けだ。最初はただ西都王が打ち取れればというだけだった。アイリス、撤退する軍の指揮を頼む」
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「まさか‥‥。我が子が討たれたとでも申すのか⁉ 虚報であれば打ち首どころでは済まさぬぞ!」
氷晶国央都の謁見の間。軍事報告を受けていたオルフェンが立ち上がった。
「‥‥この頸にかけて。いえ、天地神明にかけて!」
「‥‥あの西都殿が討たれるなど‥‥何者だ! 西都殿の頸を上げた者は!」
「報告によれば、ゲルム・フェルディエスという男の模様です! レリア様は敵将数名に囲まれ、戦槌で滅多打ちにされてしまったと‥‥!」
「北都王よ。央都を頼む。矛を持て!」
俺、北都王ミハイル・スノウヘイムは央都を除いた四都王の中では最も発言権がある。理由は打ち取られては交代し、血統や家系で決まる三都とは違い、実力があるものが長い期間居る北都は軍も人も強いからだ。
この状況で央都王を諭して諫めることが出来るのは俺しかいない。
だが、ここまで冷静さを欠いた央都王を見るのは初めてだ。
それに、ここで光龍に央都王の力を見せつけるのも悪くない。
「御武運を願っております。主公」
「分かっておる。土産は光龍の絶望と氷晶の歓喜だ」
「お待ちしております」
過ぎ去る央都王に一礼し、北都王の席に構える。
「ヒメル・フロストバード軍事総括官に伝令だ。主公がそちらに向かう。追撃戦を始めさせろ。それと、俺の北都軍とここに居る央都軍に命令だ。二十五万の塊となり央都王に従え、とな」
出来る限りの援護はさせて頂くからな。央都王。
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「ひとまず、リシュアン様の居城セリウスまで来ましたが‥‥」
「あの後方の三十万を如何するかか‥‥」
地平線。崩魂平原の方を埋め尽くす氷晶軍。豪奢な金の鎧を纏った精鋭兵と思わしき一団も確認できた。あれは恐らく葬獄を超える特殊兵団だ。あの威圧の雰囲気。間違いない。
「王都よりバルバトス様の出陣を乞え。あの軍が俺らを追撃してくるならば、ここでの籠城戦は避けては通れぬ道。ならば守城戦に強いバルバトス将軍に来てもらう方が圧倒的に勝算が高い」
沈む夕日が照らしている崩魂平原。それを進む三十万近い軍勢。
ただでさえ赤土を多く含む崩魂平原が血と夕日に照らされ、その赤を深めている。
「紅蓮の果てからやって来る死の軍勢‥‥。正に神話の通りの光景だな」
「あの神話暦三年の話?」
「ああ」
神話暦。北方、紅蓮の果てより現れし死の軍勢。
迎え撃ちし将や兵。一人残らず死に絶えん。
死の軍勢山越え難し。しかし、北の兵に山道通過は難い。
その地に構えし将。死の軍勢を打ち破り世界に安寧をもたらさん。
神話暦三年。五月。
「ここでリシュアン様が奴らを打ち破れば、リシュアン様の手で世界に安寧が訪れる」
「それを待ち、ここで奴らの攻撃に耐え続ければいい」
「報告です! 三十万の内七万が分離。詳細不明!」
「ここで七万を分離する意味はない。周辺の軍は全軍をこの城に入れ、後は本土側からの兵糧荷車の列が続いているだけだ」
背後を顧みれば延々ともいえる程の列が連なっている。例えるならば働きアリの行進だ。
「ガルム様。軍議の時間です」
「分かった。監視は頼むぞ。ランシェ」
「来るぞ! 敵に車輪移動式攻城櫓はない! ただ単純な梯子部隊! それならば何万、何十万、いや、何百万の軍勢が来ようとこの総司令の城を落とすことは出来ない! ただ目の前の敵を殺せ! そうすればどこかに希望がある!」
バルバトス将軍の激。歓声と同時に梯子が架かった。
「架けられたぞ! 歩兵準備!」
武器を構えた歩兵隊が登ってくる敵兵を殺していく。
「南壁側に敵影は無し! それ以外の全ての場所で開戦!」
本土側の南壁には敵は回り込むことが出来ない。この山城。周囲三百六十度すべてを山が囲い、東西の山は特に険しく、一軍並みの兵力を通過させるにはかなりの労力を使う。
それは例え南壁側に兵を回し完全包囲しようが、戦える軍勢でない軍勢を投入することになり、無駄な兵力の損失となることは明白。それならばそれ以外。特に主力の北壁に兵を充てた方が、圧倒的に戦果は大きいと言える。
「ランシェ。槍兵を率い、各地に出向いて様子を見て来てくれ。何か異常があれば兵を送る」
「了解した。ランシェ特殊槍兵団準備!」
「医療班の準備を急がせろ。この量の軍を一晩で捌ききる必要がある。準備を早くからさせることに越したことは無い」
「リディア様らの医療班は、既に民兵と共に準備を始めております」
「流石。リシュアン総司令の容体はどうだ?」
「依然として意識はありませんが、数日前と違い脈拍は安定してきている、とのことです」
「一日でも早くの回復を願おう。総司令に捧ぐ一戦。負ける訳にはいかん! 一層士気を上げ奮戦せよ! 勇敢なる光龍の男共よ!」




