五拾玖話 偽りの表情
「右方押されています!」
「歩兵団の押上が弱い。騎兵二千を送り援護しろ!」
「左翼優勢! 敵大隊を撃破したと!」
「中央円陣敵軍を突破! 敵軍の第二防陣に入ります!」
何所も上々だ。わずかな時間で敵軍の急ごしらえの防陣の三分の二を蝕み、撃破した。
「正面東都王出現! 円陣周辺壊滅!」
俺の今の位置は円陣のすぐ後ろ。確かに真正面に大旗が聳え立ち、風に靡いている。
「気を付けろ。来るぞ!」
俺が身構えたその時、俺は判断が遅かったことに気付いた。
「我が槍を阻む者の頭蓋を突き通す。覚悟がある戦士は我が両の眼の前に姿を現せ」
遠回しに死にたくなければ近寄るな、か。舐めたこと言いやがって。
「神槍ロンギヌスも久々か」
小さく呟いた俺はアロンダイトを鞘から抜いた。右手に握るアロンダイトが東都王の眼前に迫る。
左手に持つ実戦の剣も疼いた。
人を斬る感覚がせず、何かの金属に当たった衝撃。降りき経った右腕。避けたか。
背に強烈な殺気を感じ、振り向きざまに一刀。
見ると東都王の兜が取れている。さっきの衝撃は兜に刃が引っかかったときの物か。
その神槍から放たれる強烈な突きを受け流し、金属が擦れ合う嫌な音がする。火花が散り、ロンギヌスの赤の装飾が剝げた。
槍。その全力の一撃は中ればそれこそ、命取りの一撃必殺。外し、敵に攻撃のチャンスを与えれば取り回しの利きずらいただの邪魔な棒になる。
俺は懐の中に潜り込み、鎧の隙間に剣を差し込む。
馬上での一騎打ちは後退という手段がないため、この攻撃はかなりの有効打だ。
刺さる。その瞬間、俺は勢いを籠め、全力の突きを放った。
抜けた。軌道は明らかに突き刺さる流れだった。
それがスカッと抜けた。
見れば、東都王は地に足を付けている。
それに気づいた次の瞬間、いや、突きを放った次の瞬間、俺は強烈な衝撃を感じた。
馬から投げ出され、東都王の前で膝をついた。
それから、東都王の攻撃が始まった。その攻撃を受けながら、俺は今の出来事の理解に努めた。
それからその全貌を理解するまでに一分近くの時間を要した。
どうやら東都王は俺に突き刺さると思った瞬間、馬を走らせたまま、自らは馬から飛び降りたようだ。そして、走らせた馬を至近距離まで詰め寄った俺の馬と俺にぶつけ、落ちてくる俺の頸を狙ったという事か。
用兵術だけではなく、武術まで熟知したこの男は、俺が見てきた中では最強の化物だ。
こう言うと叔父上からは「まだお前は経験が浅い」と言われそうだ。
何度となく、言われたその台詞が脳裏を過る。
その回想に浸りそうになったところで、槍が俺の目を覚ました。
これの頸を取るまで、よそ見は厳禁だな。
距離を詰めた俺は槍の中に潜り込もうと、剣撃を放った。しかし、それは全て東都王の強固な槍術に阻まれ、弾き返され続けた。
「化物が‥‥」
小さく悪態をついた俺は再び剣を振るい始めた。
俺が一時間の猛攻の末、つけることの出来た傷は一つもない。かえって俺はカウンターなどで数度被弾。右の二の腕が真っ赤に染まっている。
最後のラッシュをかけるべく、俺は東都王の元へ走りこんだ。
日没まであと数分。今日は特に初日。野営の準備などで早めに帰る必要がある。ま、他にもいろいろあるけどな。
現に東都王自身も疲弊している。なら、若い俺に勝算はある。
左手の剣を盾に、間合いを詰める。本来、槍相手に剣は相当相性が悪い。
嫌な感覚がし、左腕が力なくずり落ちる。
折れたな。
激痛が全身を駆け巡る。同時にアドレナリンが俺の体の隅々まで行きわたり、火が灯った様に体が活性化するのを感じる。
「とっとと死にやがれよ! 退け!」
「退ける筈がない! この奥には民やその家族が居るのだぞ! 貴様だって敵の凶刃から家族や親しい人を守るために戦っているのだろう!」
「思い違いすんな! 俺が守りたいのはそんな小さいものじゃない! 国だ! 五都王の一人ならそれくらい分かれよ! 馬鹿野郎!」
もう余計な問答は必要ない。
バックステップで俺と距離を取ったその男。槍を薙いだ次の瞬間、右の上半身を電撃が走る。
血が宙を舞い、傷の深さを思い知らせる。
しかし、右の剣が確かにこの男の元まで届いた。
浅い斬撃。だが、確実に届いた。
壁の如く立ちはだかる槍を幾度となく、つくり続け、防御に振ったこの男にやっと一撃を与えられた。
たかが一撃。浅い斬撃。皆がそう思うだろう。
違う。
負けを知らない強敵であれば、自らに傷をつけた男を激しく嫌悪する。その感情の乱れは、この舞台では命取りだ。
もう一撃。これも浅い。もっと速く、もっと強く! ダン、と音を立て、踏み込む。
東都王は一瞬目を細め、微笑んだ。
死を確信したような顔。いや、偽りの表情の仮面を被っている。
一瞬の微表情を見た、それを確信したときには遅かった。化けの皮が剥がれた。
肉が裂ける感覚が右の下腹部をスタートに走り回る。
声にならない絶叫。
引き抜かれた槍の俺の血が付着しているのを見た時、俺は死に気付き、目を閉じた。




