伍話 援軍九万
朝になった。結局のことを言うと、城主は死んでいた。夜になり、俺は疲れ果てて寝ていたため、アリシアが消えたことに気づかなかった。自分で帰ってくれたなら万々歳だ。
俺は昨日の痛みが残る中、城の会議室に移動した。
叔父上やグレイドからの報告通り、駒を動かしてゆく。そして次に伝令鷹に王都に向けての伝文をつける。内容は城主が暗殺されたこと。
「アイリス、居るか?」
「はい、ここに」
アイリス・フェルディナ。俺の作戦参謀官の女性で俺よりも一歳年下。
「兵站や補給をここまで繋げておいて。東部に五万程応援要請と東部軍副指令エドガー・ヴァルクレンの派遣要請を」
「はい!」
今の状況を整理しよう。前線駐屯の三十万、南都より出陣した五万、早朝に報告が入った南部一帯からの援軍七万。これで四十二万。しかし、上手に水軍による封鎖が成功すれば、半分の二十万程になるだろう。
対する俺らは八万。さっき援軍を頼んだ東部軍五万を足して十三万。
戦力差は七万ほど。あとは戦術と采配、将の差、地の利だ。
今分かるのは、光龍軍の戦術、将だけ。
光龍軍は基本戦術を山脈でのゲリラ戦法とする。場所や時を選び、適宜、万単位の中規模戦を行う。
将としては、俺・総司令リシュアンと英雄階級北部軍総司令官イオ・アストレイ、北部第一軍指揮官ミナ・ハルシオン、東部軍副指令エドガー。
山脈の地形はこう。国境側からなだらかな丘、密林が続き、この密林地帯を第一防衛線とする。標高は凡そ千メートルほど。第一防衛線の奥に高原が続きここを第二防衛線。この第二防衛線が中規模線の主戦場に。更に高地となる稜線と谷の山が続き、標高は三千七百メートル程。これを第三防衛線とし俺の本陣を置く。最後はその後ろ、光龍国内部側の線を最終防衛戦とする。
東側から山脈裏にかけ、霊川が流れ水軍が動ける。
西側は葉桜国との国境に接するため、回り込みは完全に不可能だ。
俺は会議室に籠り続けた。
四日が経過した。
「英雄階級東部軍総司令シグルド・ハーゲン様より返信! 申し出承った。援軍を多めに送る故、勝報を待つと!」
「どれほど送ってもらえる?」
「およそ‥‥九万!」
「将はエドガー副指令に変わりはないか?」
「はい! そして到着予定は‥‥三日後です!」
「なんと‥‥!」
先遣隊は既に到着し、英雄イオが会議室に入っていた。確かに早い。通常であれば、五日は掛かる道のりだがよくぞ。数も九万とは。借りができてしまったな。
「続いて報告です! 霊川封鎖作戦は敵軍の護衛艦隊に阻まれ時を用してしまい、半分といかず、凡そ三分の二である二十九万を通してしまったと! 水軍長ディラン・ヴァルグレイン大将軍よりお詫びが届いております!」
「いや、水軍長もよくやってくれた。三分の一でも通さなかっただけ凄い。詫びは不要と伝ておけ」
「失礼致します」
伝令兵は部屋を去った。
「東部軍からの援軍が九万とは驚きましたね」
「ああ、九万とはシグルド総司令もよくやってくれたものだ」
「しかし、封鎖が上手くいかなかったことが気がかりですね」
「いや、そんな数、俺にとっては変わりないさ」
♦♦♦
「左方! 敵集です!」
「全軍進軍停止。右の水軍を進ませろ。水軍が抑えている間にもう少し右から私たちは渡河する」
「ハハァ! 全ー軍ー停止ー! クラリス様は渡河の指揮をお願い申し上げます。私はここで水軍の戦いを見届けます」
「了解した」
私は馬に乗り走り出した。一キロほど右に移動した私は先頭に立った。
「我が先祖たちは、あの山脈の下で暮らしていた! しかし、あの忌まわしき光龍軍のせいで故郷を奪われた! 私はあの軍を許さない! 行くぞ全軍、前進だ!」
オオオオという歓声。勢いづいた私たち南都軍は船をこぎ出し、およそ七万がそのうちに渡河。残るは十八万。
「クラリス様! 水軍、破られました! 光龍軍がなだれ込んできます!」
「い、急いで全軍を進ませろ! 今日のうちに渡りきるのだ! 水軍は三時間ほどで来るぞ! できるだけ多くの兵を‥‥!」
私は自分でも焦っていたことが分かった。でも、ここで全軍を渡らせなければならない。
マズい。もう、敵水軍が来る。総数は八十隻。既に被害が出ている。
「私ももう渡る! 後は頼んだ!」
私は船に乗り込むと直ぐに船を出した。指揮官級も未だに半分は渡河できていない。
渡りきったはいいものの、霊川は完全に封鎖された。渡河できたのはおよそ三十万。正確に言えば二十九万。しかし、攻略を諦める訳にもいかないし、諦めるほど兵も減っていない。
「これより、山脈攻略に向かう!」




