五拾漆話 鎧門
「アレは王を殺すことは出来ない。ただ、人質とすることは出来る‥‥」
「しかし、拉致は拉致で罪が‥‥」
「そんなもの後からどうとでもいい訳出来る」
俺は御殿の庭を走り出した。丸い石が流れ去り、私兵に刃を突き立てる。
ビリビリと手に、いや、剣を伝い、骨に振動が走る。
明らかに格が違う。外で俺を殺そうとした兵はもっと弱かった。
この兵は炎獄兵並みの練度と見るな‥‥。戦いがある。
踏み込んだ俺は力を籠めるフェイントをかけて、鍔迫り合いを離し、首を切り飛ばす。
躊躇はないとはいえ、少なからずの罪悪感は残る。
部屋に駆け上がり、アレンの無事を確認する。
「アプドリオ養育官‥‥」
気を失っていたアレンを守っていたのは養育官アプドリオ。
「いや、そんなことはない。それよりもよくぞここまで来られた‥‥。して、反乱の首謀者は?」
「モンステッド・ハエル内政副長官です。となれば少なからずイレンボルも絡んできているかと。既にこの周辺に俺の直下兵団を展開してあります。直にモンステッドの身柄が確保されるでしょう」
「そうか‥‥。よくやった」
俺は養育官に別れを告げると、そのまま御殿の外に出た。
「総司令様! モンステッドを確保致しました!」
「分かった」
俺が短く答えた直後、モンステッドが葬獄の群れの中から、縄に繋がれた状態でのろのろと出てきた。
「逃げ切れると思ったのか?」
「‥‥」
「饒舌だったお前がこんなにしおらしくなるとはな。オイ、なんか喋ったらどうだ?」
「馬鹿が‥‥まに‥‥まるほど、‥‥甘くくない」
「なんだって?」
「馬鹿が! 貴様に捕まるほどモンステッド様は甘くない!」
「チッ、影武者か。地下道を通った可能性がある。奴の屋敷と別邸を抑えろ。イレンボル邸の確保も急げ」
「結局、イレンボルの屋敷に帰ったところであっけなく捕まり、今は地下牢で反省中か‥‥」
「そうだな。しかし、これで一段落‥‥か?」
「いや、当のイレンボルは関与を否認。一貫して無実を主張している。確かに奴がこの件に関与した確実的な証拠は見つかっていない。モンステッドがお前の家に向かっていたと言っても、知るか、で済まされることは明白だ」
俺は王宮の廊下でアレンと話していた。金銀の刺繍が施されたレッドカーペットの床に朝日が差し込んで、眩いきらめきを醸し出している。
今日は五時起きだ。今日は、じゃないな。今日も、か。軍総司令に復帰してから安定していた生活リズムも乱れ始めている。
「総司令! こんな所に居られましたか! 新たに南北より報告が!」
「分かった。アレン、話はあとだ」
「そうか。頑張れよ」
ひらひらと手を振るアレンを後ろに、俺は軍議の間に急いだ。
王宮の無駄に長い廊下を早歩きで歩く。
「どうだ⁉」
「攻略目標聖竜鬼の情報が! 周辺の兵数や城門の様子などが!」
聖竜鬼城。周辺兵数はその城の兵を含めて八万。城壁は三十五メートル。城門は跳ね橋となっている‥‥か。
「南部にこの情報を回し、車輪移動式攻城櫓の調整を始めさせろ」
「この城に到着できる翆玲軍は初日で八万人。五日で十九万人。十日で三十八万。しかし、指揮官を連れた軍は予測は出来ず、これ以上、もしかしたら倍に膨れ上がる可能性すらあります」
「あまり長期戦は好ましくないな。たしかあの周辺の川に光龍湖を水源とする川があったな?」
「ハハ! 翆玲国内地側に向け流れる甲川です!」
「その川を一時的にせき止めろ。甲川なら最近、堤防を増設している筈だ。マルム、堤を切る部隊の準備を忘れるなよ?」
「分かってるって」
「北部氷晶軍は大戦から回復したのか氷晶南部一帯の兵は南都含めて三十二万に上り、央都軍を含めれば四十万規模の超大軍になるかと!」
「アリシア様より鳥が! 葉桜軍、援軍の要請を承諾、聖騎士リシュアン・レオンハルトに兵九万と第二将朱恩・真白を預けると!」
「他には?」
「翆玲の西部を削り取るため五万の援軍要請が届いております!」
「西部指令に出てもらえ。奴も腕が錆びてはまずいとか言っている時期だろう」
「鎧門に集結させた軍に伝令。葉桜軍が来るため、鎧門から一つ北の巨城田慶に入るように伝えろ。少し早いが俺も鎧門に向かう。葬獄、竜檄は出撃準備」
伝令兵やガルド、ガルムが一斉に動いた。何かを示し合わせたかのように。
「叔父上、代理を頼みます」
「分かった」
「山脈を大回りする道を通るのは初めてだな」
七日後。俺は西霊道鎧門周辺を通過していた。俺の城から呼び寄せた三万と王都軍、中央軍合計十万。合計十三万と鎧門を通過。これで全軍を合わせて三十五万。勝てる数字だ。数字だけ見れば。
「右方! 大軍!」
「ついに来たか。第二将朱恩・真白‥‥」
地平線を埋め尽くす騎馬軍。それは圧巻の一言に尽きた。
七月十五日。同盟軍鎧門を通過。
開戦まであと十日。




