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五拾陸話 御殿

「今分かっているのは?」

「ほとんどは我が軍の報告です。まず一つ目、南部軍の総兵力は三十八万。そのうち、動員できるのは二十五万程度の軍と思わますね。南部水軍は凡そ二万人」

 クレイドがススッと、駒を動かした。

「二十五万を一度どこかに集結させますか?」

「ああ、そうだな。鋼紀霊(こうきれい)かもう一つ奥の鋼紀堯(こうきぎょう)に集めろ。二城には受け入れの体勢を整えるように伝えろ。兵糧も送り、準備を始めさせろ」

 兵糧を表す二つの球を、俺が南へ動かす。

 それに合わせ、いつ着いたのか、マルムが軍を表す駒を鋼紀霊へと続く街道へ動かす。

「北部軍の集計が終わった軍政大臣によると、北部軍は三か月前の敗戦の傷が大きく十三万程と。軍の再編で東部に兵が流れたのもその原因の一つかと思われます。続いて中央軍の動員準備を進めていたヴィクトルによると正規兵三万と農兵五万万が動員可能と」

「これで合計二十一万。やはり連戦の影響か中央が手薄か‥‥。西霊道の国門鎧門(がいもん)周辺に集結させろ。場合によっては葉桜の援軍の到着をそこで待つ」

 その少し後、バタン! という音を立てて扉が開いた。

「リシュアン指令! 御殿が!」

 御殿とは王が住まう宮だ。つまり王宮の最奥。国の最も守られるべき場所だ。

「御殿が‥‥! 御殿が宰相派の過激派に包囲されたと!」

「両宰相が鎮圧に向かっていますが、包囲を形成する軍からは『リシュアンを呼べ』と伝達が!」

「‥‥。アレンの無事を約束することを条件に、俺が行くのはそれからだ」

 俺はふと、窓の外に目をやる。確かに夜の闇の中に煌々と光る御殿が見える。いつもはあんなに輝いていない。恐らくは反乱兵の松明か‥‥。

 オオオオという戦場特有の異様な歓声はなく、ただうねる様に御殿を包囲していた。

「マルム。見てろ。あれが権力争いの敗者だ。負けるとこうなるから覚悟しとけ。っし。全葬獄、全獄龍に伝令。御殿より一つ外周。宰相邸付近から包囲を始めろ」

 御殿周辺の作りは単純明快だ。中央の御殿を中心に宰相邸や総司令邸が並び、その後ろに大臣邸がずらずらと並ぶ。

 葬獄、獄龍は練兵増員を繰り返し今は合わせると八千人。もはや一つの大隊だ。

「さて、行ってくる。余程のことは無いとは思うが、念の為、竜檄の歩兵隊を後詰に出しておいてくれ」


「んで? どういう要件か手短に教えてくれるかな? モンステッド」

 パチパチと火花が散る中、似合わずも鎧を身に着ける内政副長官モンステッド・ハエル。

「グハハ! 愚問だ。そんなもの聞く必要なかろうて!」

「そうか。俺を殺したいんだな。人質に王を取って」

「察しが良くて何よりだ。これでこそ光龍の将だ。故に、若い目をここで摘み取るのは常識だ‥‥」

 「ククク」と含み笑いを浮かべたまま下を向いたモンステッドは次の瞬間、血走った眼を俺に向け、絶叫に近いような声でこう叫んだ。

「殺せ!」

 号令と同時に私兵と思わしき雑兵が群がってきた。

 俺の目と鼻の先まで刃が迫った。

 ドガッ。俺は足元の石畳を叩きつけた。

「俺は話し合いに来たつもりだったが、殺しに来るのなら仕方がない。この周辺に展開している俺の兵八千を動員し、お前たちを皆殺しにする。それが嫌なら————」

 俺は引き抜きかけた剣を戻し、言葉をつづけた。

「————話し合おうか? モンステッド」

「貴様と話すことなどないぞ。リシュアン」

「なら何故俺を呼んだ?」

 俺は大体の答えの予想がついていた。故にスッと手を上に掲げた。これはガルドへの合図となるだろう。内容はただ一つ、兵を呼べ。混戦となる。

「無論、貴様を殺す」

 だろう‥‥な。

 剣を引き抜いた音を掻き消すように歓声が靡いた。

「ガルド! 包囲陣を崩さず前に出させろ。乱戦になっても構わない。こいつらはどうせ、王に手を出すことは出来ない!」

「‥‥ハハッ!」

 鮮血が舞った。

 普段ならそんなことを気にしていない。何せ、その地は敵のモノだから。他国だから。

 でも今夜は違う。本来は味方であるべき同じ国を生きる者の血。

 これだから‥‥内戦は嫌いだ。

「モンステッド‥‥! 貴様!」

 奴は俺を嘲り笑うかのようにこの場を去って行った。

 俺は無理やりにでも切り結んで、アイツの胸ぐら掴んで一発ぶん殴ろうかと思ったけど、思いとどまった。

 それよりも先に‥‥。

「貴様を殴るよりも先に、やる事がある」

「ガルム、ランシェ、ユリウスは俺と共に御殿に入り、王の無事を確認、場合によっては救出作戦に移行する! 竜檄歩兵団は御殿内の敵を一掃しろ!」

 俺は御殿の兵を攀じ登った。本来は御法度ものだが、今回ばかりはそうは行ってられない。

 兵の上から眺めて分かったが、御殿の周辺殆どを俺の配下が制圧していた。モンステッドも逃げられるはずがない。じきに、俺に殴られるためにやって来るだろう。

「しかし、何故、総司令様は奴らが王を殺せないと断言されたのですか?」

「それか。アイツの目的は恐らく俺を権力から引きずり下ろすこと。俺を倒して、王までやってしまえばアイツこそ権力から落とされるのは必定。それを見越しただけだ」

 補足するなら、光龍から逃げのびたところで、どこの国も受け入れないだろうから。そんな裏切り者を登用する国はない。それほどに王が大切なのだ。この戦乱の世では。

 それに奴はそこまで頭が回らないほど馬鹿じゃない。

「ん? あれはモンステッドの私兵ではありませんか? 王の周りに居るのは‥‥」

「マズい‥‥!」

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