五拾伍話 武官の皆
「翆玲軍が‥‥退いて行く?」
「なっ、たとえ押し込まれていようと、まだ全軍撤退に踏み切るには早すぎます!」
「その通り。こちらを油断させ再度攻撃に来るかもしれない。負傷兵の手当を急がせろ!」
夕霧海岸二日目の夕方。俺は驚愕以外の何も考えていなかった。
昼頃から戦い方が撤退戦術に順次切り替わるのは察していたが‥‥。
「動ける兵を集めろ! 海岸周辺の地を奪還する準備だ!」
俺が出来るのはあの翆玲軍を退かせる所まで。ここから先は鳳蓮に指揮権が移る。
「リシュアン殿、此度は誠に感謝申し上げる。王都での宴の席でも宜しくお願い申す」
「いえ、今回はほぼ何もしていません。それについ二か月前、六万もの援軍を無意味にした罪は深いですから」
「なんの。我らは光龍の雄、リシュアン・レオンハルト殿と共に戦えた事、とても嬉しく思いますぞ」
「では、先に王都に向かい、総司令殿らをお待ちしております。ユリア、ガルド、行くぞ」
「ハハッ!」
十日後。光龍国王都。
俺は密かに王都に入った。
今の俺には軍総司令権は無い。葉桜軍を率いることは出来るが、それ以外の権限はない。
ここから残り一月、どう過ごそうか。
「‥‥ということなんだが。暇すぎてやることないだ」
「あっそ」
「なんか酷くない?」
マルム。つい二日前に戦地から帰って来たばかりだ。
「ま、じゃ、あれやったら? 側室探し」
「‥‥。出来るか⁉ アリシア、絶対そういうの許さない人だぞ。あと、俺今年あいつと式挙げるつもりだから猶更無理」
「ふーん。じゃ、勝手にしたら?」
「ひでぇな。ま、お前に聞いた俺が間違いだった」
やる事がないというのは大嘘だった。十分にやる事があった。
まずは軍務の後処理。マルムの手伝いをしたりして、損害報告や情報処理。武功精査。
そんなことをしていると、あっという間に一月が経った。いつも他人にやって貰ってるのを一人でやってる訳だからな。
俺は新品の成年者用王宮武官服に着替えた。これまで何となくで、着慣れた方を着ていたが、流石にそろそろ着替えないとな。
「リシュアン総司令。この響きも懐かしいですな」
「そんなことを言わないで下さいよ。さて、武官の皆、今日より一層職務が激しくなる。覚悟は出来てるな?」
「当たり前ですよ」
えーっと、お前はクレイドだな。見るのも久しぶり過ぎて俺自身も忘れかけていた。
「忙しくなるという事は、戦争を始めるということ? リシュアン」
「正解だ。先手を打つ。クレイド、情報局と協力して翆玲軍の軍容を処理。そして、攻略目標・翆玲国北東部最大都市・聖竜鬼の下見を始めさせろ」
俺は地図の駒を動かし、翆玲北東部の立体地図を作り出し、川と湖に挟まれた一点を指さす。
「右宰相は南部軍の軍容を整理。クレイドと協力し、両軍兵力の概算を出してください。必要とあれば、アリシアに使いとなってもらい、葉桜から兵を引き出します」
西側から二つの桃色の駒を持ってくる。
「マルムは‥‥南部軍を率いる準備を。今回の南はお前に任す」
「なっ、俺が再び二十万規模の軍を率いて出陣!?」
「嫌ならスルール、リヴァイルか南部指令に代わってもらうが?」
「やる‥‥。やってみせる!」
「ああ、そのいきだ。叔父上と俺、そしてヴィクトルは北部奪還戦の準備を進める。俺は軍を率いる準備とルート策定、叔父上は情報整理と軍容整理。ヴィクトルはこちらの中央軍の動員を準備。アウレルは東部に第三級を発令する準備を」
ヴィクトルとアウレルはマルムが新規採用した逸材だ。両者共に大将軍級の戦術眼と、広域戦術能力、そして地方指令並みの戦術能力を有している。年は俺より二つ下の十五歳。明らかに光龍軍の次世代指揮官となる存在だ。
「七月に南北同時に動き出す勢いで動け。その他ここに居る者は、両軍の振り分けが終わり次第、南北に内密に兵を動かせ。俺はあと十日でセリウスに入る」
動き出した武官たちを横目に、俺は駒を動こかし始める。
三つの大旗を中央に置き、これを振り分ける。
二つの旗を北へ動かす。では、それをどのルートで動かすか。
王都圏平原を通す中央道。王都圏東側を通し、灰嶺山脈を大回りさせる東軍道。西側葉桜方面から霊孟方面を通し、これも灰嶺山脈を大回りさせるルートの西霊道。
炎獄方面の東軍道は炎獄軍との戦いが熾烈になっている現状で、戦争真っ只中。そのため、東軍道は現実味を欠いている。
となると、西霊道か、中央道。もし、葉桜軍からの援軍を北に回すなら西霊道だが、それがない場合、遠回りになり、先に察知されるこの道は大変不利になる。
「アリシアを呼んでくれ」
「‥‥という事なんだが‥‥。出来るか?」
「出来る。行ってくればいいんでしょ?」
「ああ、頼む。もし、あちらからも援軍要求をされたなら、俺から西部指令に話を通す。そこは問題ないと言え」
「分かった」
アリシアが頷いて退出するのとほぼ同時に、別の扉が勢いよく開いた。
「炎獄軍! 火山都市インフェールより十万規模の軍を出陣させました! 後軍も多数見受けられ、これまでの今年の東部の戦いとは比にならないと思われます!」
「東部軍はもう動き出しているな?」
「ハハッ! ザイフェ将軍、アーフガード将軍両将が既に動いていると!」
「なら、中央から五万を送り様子を見ろ」
「何やら騒がしくなってきましたね。集計終わりましたので報告に参りました。リシュアン様」
「クレイドか。分かった。軍議の間に移動しよう」




