五拾肆話 お前の所為
その夜。翆玲国帝都。
「大宰相が居ない今が好機かと。宰相政権を崩しにかかる時は、今を措いて他にありません! どうか、反乱の号令をかけて下され!」
「しっ、しかし‥‥!」
「今、この王宮内で最大権力を持つ、貴方様に歯向かえる者は殆どいません! アルベルト・フーラン様!」
「‥‥。わっ、分かった。俺の指揮下に在る血刃騎士団に連絡。宰相邸を襲撃、俺の私兵はこの屋敷の警護をやらせろ。血刃に伝令だ。宰相邸を落とした後は、奴に付き従う大臣の邸宅を襲え。その際、見張りは殺して構わないが、大臣らは生け捕りだ」
「では、血刃の指揮はこの私が」
「頼んだぞ。ノビリス」
ああ、俺の自己紹介が遅れたな。アルベルト・フーランだ。翆玲国政務長官をしている。他にも、血刃騎士団の団長をしているが、何かと理由を付けて戦争に出ないことを何度、父上に咎められたことか‥‥。義兄を先の大戦で失い、父上は失脚。実質、今のフーラン家の全権は俺が持っていると言っても過言ではない。
「ランハルト。皇帝の警護を頼む」
ランハルト・フーラン。フーラン家の三男で俺の一歳年下。ちなみに俺は十八歳だから、こいつは十七歳。光龍の凶将、光龍王、葉桜王とは同い年にあたるんだよな。
「了解しました。‥‥兄上」
「頼んだ。武断派の大宰相を政権から引きずり下ろし、内政を安定させる又とないチャンスだ。失敗は許されないんだ」
「承知しております」
そう言い残しランハルトは部屋を出て行った。
「ックク‥‥。本当に始めたとはとんだバカだな。お前ともあろう人間が、宰相様の罠に引っかかるとは。幼馴染としてお前を葬り去る」
「それは‥‥どういう意味か聞かせてほしいな。メンダーチム」
メンダーチム。姓を持たない翆玲が抱える暗殺者集団の首領だ。俺の幼馴染だが今はそんなこと関係ない。俺を殺そうとするやつは誰であろうと俺の敵だ。
「ノビリスも、血刃も宰相様の元にある。ノビリスが率いた血刃は間違いなく、お前の協力者の元に向かうだろう。それに、お前は皇帝の元に自らの私兵を向かわせた。これが最大の失敗だ」
俺は背中に差していた大剣を鞘から引き抜いた。白銀の刀身が闇に靡く。
俺が引き抜いたと同時に奴も鉤爪のシャ、と音を立てて展開した。紫の装飾が施されたその爪は、鷹の爪の様に大きく湾曲している。
「私兵が皇帝の元へ向かった。何も知らない人間からすれば、皇帝へ兵を差し向けた大反逆者、という立ち位置になる。しかも最大権力を持つ大宰相のいない時を突き、クーデターを起こし、失敗したという愚かな名前で後世まで語り継がれる」
俺は部屋を奴と対角上に歩く。
「それに俺達は大きな恩賞を手に入れることが出来る。国民を救ったことで国民からの喝采を浴び、宰相からは内通してくれたことに対する感謝、皇帝からは自らを救ったことによる感謝。それぞれが俺に向かって飛ぶ。無論、それだけではないぞ。早いうちにノビリスも殺す」
「お前がノビリスを殺す意味があるか?」
「ある。奴の恩賞も俺がくすね、この国からトンずら。ドロンしてやる。俺を欲しいという人は、国はいくらでもある」
「お前、恥というのを知らないのか‥‥」
「この仕事やってる時点で恥なんか分かってられっか、ってんだ。もういい。ここまで話したし確実に殺す」
分が悪い。素早いクロー相手に大剣は相当相性が悪い。
暗い闇を切り裂く様に迫ってきた鉤爪を剣で受ける。
切っ先が部屋の壁にあたり、木製の壁に傷がつく。
その鉤爪を力で押し返し、横に一閃。避けられる事は分かっていても、少なくともコイツを俺から引き剝がすことは出来る。
腹の底から出した雄叫びを上げながら、俺は剣を前に突き出す。
「馬鹿が」
小さく、低い声で呟いたメンダーチムは俺の横を通り抜け、背後に回った。
ザググッ。三本の爪が俺の背に突き刺さる。だが、クローは突き刺すよりも斬る。とくに出血に特化した武器だ。突きで俺の体を貫通することは無い。
俺はヒールキックを繰り出した。何かに中った感触はあった。だが、メンダーチムではなかったようだ。
俺は再び目の前に対峙した相手に縦振り。大きく振りかぶった大剣は見事に交わされ、懐の内に入り込まれた。胸の中央から左肩に向けて三本の傷が入る。鮮血がそこから吹き出る。幸い、心臓、肺といった重要な臓器にまでは届いていないようだが。
離脱するその瞬間、俺の左腕に傷を入れて行った。よりによって俺の利き腕を持って行くとはな。
震える左腕を軸に俺は剣を振るう。ダメだ。ブレる。
「どうした? 剣筋が乱れているぞ」
黙れ。分かっているだろうが。それだけ言って大部屋の闇の中に消えて行った。
俺は腰からダガーを引き抜き適当にぶん投げた。
空を切ったその刃は同じく闇の彼方に消えたが、遠くでグアッという悲鳴と、鈍い音が聞こえた。
その方へ駆け寄ると、後頭部に刃が刺さったメンダーチムの死体があった。
「自業自得だ。お前の所為‥‥だぞ。メンダーチム」
心なしか、俺の声は涙が混じっていた。
「お前の所為だ。幼少の頃から目指した騎士の道を踏み外した‥‥お前の‥‥お前の所為だ!」




