肆話 四十数万
「‥‥はぁ、ついて来る‥‥ガハッ、なってあれだけ言ったよな」
「そ、そんなこと言ってられない状況だってことは分かって言ってるよね?」
確かに助けに来た彼女——アリシア――の細腕ではノルの人切り包丁の力には耐えられそうにない。俺が、何とかしなきゃいけないのに。
「久しぶりだな‥‥リシュアン」
颯爽と俺の前に現れた人物、それはシリウス・ゼイファード。俺と同い年で士官学校時代から仲良かったが最近は会っていなかった。俺は軍師養成学部、シリウスは個人の武や能力、技量を鍛え上げる近衛兵養成学部に属していた。最近は‥‥たしか外交の護衛もしているんだっけか。
「なんで‥‥ゲホッゲホッ‥‥お前がここに居る?」
「一応、彼女とは外交護衛として面識あってね。それで『ちょっと極秘任務が』と言われて来てみれば、この始末だよ」
「まったく‥‥人使いが‥‥荒いぞ。アリシア」
「いいから、いいから! ゼイファード近衛兵長も手伝ってください!」
「ハイハイ」
「おい、エイ! そいつを殺せ!」
エイと呼ばれた男、それはさっき俺が足を切り落とした男だ。まだ生きていたのか、俺に密かに近寄り、再び俺に刃を向けてきていた。
「死ねぇあ!リシュアンー!」
俺は無理を強いて右腕を動かし、その首に剣を通した。
「チッ、クソが! なら、オイ! 二人で掛かって殺すぞ!」
「へいへい! わっかりやしたぜぇ!」
地面を蹴った二人の刃は当然、シリウスの大剣に跳ね返された。
その間にアリシアは俺に駆け寄り、解毒剤を飲ませた。
「流石に即効ではないと思うけど、国内一の薬師の家から貰ってきたヤツだからさ。多分効くよ」
「フッ、ありがと」
その後、アリシアは立ち上がり、シリウスと斬りあいを続ける暗殺者達に言葉を発した。
「さーて、どうやって殺そうか? リシュアン君暗殺未遂の罪、このアリシア・ヴァルティアが許さないからっ!」
「何かほざいているが、知ったことか。まぁいい。お前の男も同じ場所に送ってやる」
そう言ってシリウスの腹に短刀を突き刺したノルは大きく跳躍。アリシアの頭上からその短剣を振りかざした。
しかし、そのノルは空中で勢いを失って地面に落下した。その手には数本の針が刺さっている。恐らく、アリシアが投げた物だろう。そして、麻痺毒でも塗ってあったのか、ノルはその場から動かなかった。
「お頭ぁ! おめぇよくもやってくれやがったなぁ!」
その男も三秒後にはノルと同じ末路を歩んだ。
「どうするんだ? こいつ等」
「うーん、本営に引き渡して、捕虜とかにしようか」
「了解。シリウス、三人を連れて帰ってくれ」
「え、三人!? アリシア外交官もってか?」
「ああ、そもそも来るなって言ったのに来てるんだから」
「わ、私をそれだけ戦場に連れて行きたくないの⁉」
「ご名答。死んで欲しくないからね。俺はとりあえず城主が無事か確認してくる」
「‥‥」
バタンとドアを閉めた俺は夜の廊下を歩き出した。
♦♦♦
俺、シリウス・ゼイファードは迷っていた。
「アリシアさん、俺黙っておくんで、行っていいっスよ」
俺は後でリシュアンに怒られる覚悟を持って言った。あのリシュアンがあれだけ頑固反対するってことは俺が許可を出したことが分かれば、怒りも頂点に昇るだろう。
「ありがとう。私、付いて行ってみますね。今度も外交護衛よろしく頼みます」
「あー、はい」
俺は半分呆れていた。リシュアン相手だとあれだけラフなアリシア外交官がこれだけ礼儀正しいなんて‥‥!
「で、どうするんですか? 一般兵に紛れようにも此度の軍は、農兵いないので紛れられませんよ?」
「うーん‥‥普通に付いていくしかないですね」
「俺がいるから大丈夫って言いたいんですか?」
「正解」
それは無理だと思うぞ。それに、リシュアンの初めての恋人を殺したら、俺も同じ道を歩むしかなくなるし。
「止めましょう。俺も殺されます」
「いいっていいって。私はリシュアン総司令に付いて行くので、手当てしてもらって下さい」
そういえば、俺結構な重傷だったんだ。失血で倒れるほどではないけど、俺の脇からドクドクと赤黒い液体が流れ出ている。
「ありがとうございま‥‥」
俺の意識は飛んだ。
♦♦♦
「英雄階級兼南部軍総司令官クラリス・ヴァルハールに命ず。南都より兵を率い、前線に溜まる三十万の兵を率い、光龍国北部灰嶺山脈周辺を蹂躙及び奪還せよ」
「ハハァ!」
私、クラリス・ヴァルハールは我らが氷晶国軍南部軍の第二波の増援を率いることを任された。おそらくは、南の現地にいるバルドル・グレンツの手に負えない敵が出てきたからだろう。報告によれば昨日の指揮官暗殺作戦は失敗に終わり、その指揮官が只者ではないことが分かった。
「この状況で北部にこれる将はただ一人‥‥」
「「リシュアン・レオンハルト‥‥!」」
私と央都王オルフェン・二ヴァレン様は口を揃えて言った。
「あの、反乱貴族の遺児か‥‥。厄介な者が出てきましたな」
「ええ、そこで央都王にご提案が一つ」
東都の王アーサ・リュミエールが口を開いた。
「東都より増援八万を出せます。如何致しますかな?」
「いや、ここはそれを増援に残し、私たちの四十数万で蹂躙・奪還をして参ります」
「そうか‥‥相分かった」
アーサの視線が妙に鋭く感じられたのはきっと私のせいだ。




