四拾陸話 総司令が務まる人間
「総司令! 正面の軍瓦解します!」
俺達の一団が東都王の囲いを抜けた時、その言葉が俺たちの士気の火を吹き消した。
「そ、総司令!」
中央軍に戻るとアイリスが声をかけてきた。
「既に両翼は崩れ、中央に軍が流し込まれもうここもあまり長く保たせることは出来ません。今のうちに撤退の準備を始めてください」
「だが‥‥俺が下がればこの軍は敗北するんだぞ」
俺が撤退したことを敵に知られればそれを広められ、兵の戦意は削がれ、続々と投降、そうすればこの軍がこの戦線を維持することは例え俺が戻って来たとしても困難を極めるだろう。押し返すことなんて不可能だ。
今、この国の前線を、戦線を後ろに下げない方法はただ一つ。俺達が死力を尽くして、敵軍に勝利することだ。
「挽回‥‥する。葬獄はついて来い‥‥」
「ダメです! 今敵の只中に入り込めば無駄死にするだけです!」
「だが‥‥敵の注意を引くことは出来る筈だ。その間に何としてでも‥‥立て直せ」
「今、その体で出撃されれば殿は必ず死ぬのですよ! 今の光龍に貴方様に変わる人間が居ますか⁉ イオ将軍、シグルド将軍と言った英雄級は南部指令と西部指令、バルバドス将軍、聖騎士級ですがクロイザン将軍、それと右宰相だけですよ⁉」
「大丈夫だ。俺はあと一人‥‥総司令が務まる人間を知っている」
「ど、どなたですか‥‥?」
「マルムだ。俺の後任はアイツにする。出るぞ! ここから勝利を掴みに行く!」
「殿!」
アイリスに呼び止められた。
「ご武運を!」
「ああ」
俺はトレンツ跨り前を指さし言い放った。
「俺たちが目指すのは‥‥夜になるまでにあの敵将、エレナ・リュミエールとリパル・リュミエールの頸を取ることだ! 両翼は既に壊滅状態。この中央からこの戦場を立て直すしか‥‥無い!」
歓声を後ろに、俺は本陣を置いていた丘を駆け降りた。
♦♦♦
「なんだ! あの飛矢のような速度の軍は!」
「第二陣! 突破されました!」
「第三陣交戦に入ります! 長くは持ちません! 第四陣、最終陣を前に出しますか⁉」
「お兄様、あれは‥‥」
「ああ、死んだと思っていたけどまだ生きてたんだな」
「「リシュアン・レオンハルト」」
「親仁め。仕留めそこなったなら報告しろよ」
俺が悪態をついた。エレナもやれやれと首を振っていた。
「第三陣以降の全軍に伝令。本陣まで道を作れ。本陣で仕留める」
第三陣、第四陣、最終陣となる第五陣が死力を尽くせばこの中央軍本陣を守り切ることは出来るかもしれないが、それでは犠牲が大きすぎる。そんなことをしていれば夜になる。連日の激戦で兵達も流石に疲れている。夜戦となれば消耗、損耗は計り知れない。
ならばこの本陣まで通し、早々に決着をつける。
眼鏡の奥に捉えたリシュアンは前回とはまた違った装いだった。剣二本。あれがハルバードを使わないときの姿か。
「いいじゃん。久々にそそるね。エレナ、僕の両手剣を取って。僕が仕留めるよ」
「お兄様‥‥しかし、それでは‥‥!」
「心配しなくていいよ。僕だって伊達に剣術習ってる訳じゃないからね。安心して」
僕は一歩前に出た。
「その剣カッコいいじゃん。アロンダイト‥‥だっけ? リシュアン君?」
♦♦♦
「その剣カッコいいじゃん。アロンダイト‥‥だっけ? リシュアン君?」
「そう言ってくれると嬉しいよ。リパル」
眼鏡の奥で薄い目がギラリと輝いたのを俺は見逃さなかった。
彼の剣は大剣‥‥両手剣に入る類だ。長さは一メートルから一メートル半。刀身は先端近くで大きくカールしている。その黒の剣には細かく金銀の装飾がされている。
「で、その赤いのはあまり知らないな」
「俺もそんな形の両手剣は見たことがないな。山賊から押収したのかな?」
「君、やっぱり今直ぐ死んだほうがいいよ。いや、今すぐ僕に首を差し出した方が良いよ」
「やれるもんなら‥‥やってみろ! ウオッ」
下馬している相手に合わせ下馬すると、急に切りかかってきた。
「何もそんなに急ぐ事じゃないのに。俺の頸は逃げないからさ」
ギリリと鍔迫り合いをしながら語りかけた。
「君には関係ないよ。僕を怒らせたことは後悔しても後悔しきれないと思うから」
もう躊躇は無い。
俺は鍔迫り合いを解除するために一気に二刀を振り上げ、相手の体勢を崩した。
「痛った。やるじゃん」
「そんな余裕面してられんのも、あと数秒だと思うぞ。リパル。俺はもう躊躇はしない。妹の前でお前を‥‥切り殺してやる」
「まさかこの前、ハルバードを止めたのは僕の為?」
「ああ、そうだ」
体勢を戻そうと地面に手を突いたが、その手を蹴り飛ばし、脇を蹴り、リパルの体を宙に浮かす。
血を吐いたようにも見えたが関係ない。
落ち際のリパルの眼鏡を剣で吹き飛ばし、首に左手に握った刃を突き立てた。
「総司令!」
「リシュアン様!」
「リパル様ぁぁぁあ!」
「お兄様‥‥!」




