四拾参話 鵬砂
「方陣両壁決壊! 敵が流れ込んできます!」
包囲戦の夜が明けた。俺たちの軍は未だに敵の手薄な部分さえも見つけられていない。これではいずれこの本陣諸共落ちる。
「ガルド。伝令矢だ。届くかは分からないが危機の矢を中央と右翼の方向に打ち込め」
俺の声は自然に力のない声に摩り替わっていた。情けない。
「承知。次のお下知を全軍に」
「ああ、分かっている。各方面の将校! 全兵卒に命令する! この声が聞こえる者は正面に走れ! 北側に向けて‥‥全軍脱出しろ!」
「ユリウス、殿を頼む」
ユリウス・クリエール。葬獄重装騎兵団団長。殿を行うにはもってこいの人間と言えよう。
「リディアは先に向かって陣地を作り負傷兵の治療準備を始めろ」
リディア・エスパーダ。葬獄特殊医療兵長。
「俺は中間列正面を持ち受ける。そこから全軍指揮を執る。最右翼にガルム。最左翼にランシェ。後列歩兵にはレイガを指揮官として置く! 走るぞ!」
ランシェ・アトークエ。葬獄槍騎兵団団長。葬獄の攻めを一手に引き受ける冷酷な槍使い。
切り結んで進んでも進んでも敵の海。見れば後方の分厚さがどんどん増している。
「前列完全に足が止まりました! 錐型右翼と分断されます!」
「左翼も同じく!」
「後列歩兵一万と合流して戦力としろ! 各個撃破は絶対に防げ!」
「両翼包囲戦が始まります!」
「なりふり構わず中央に向かうように言いつけろ! 速度上げるぞ! 中央に居る全葬獄と全竜檄軍に命令! 前列に集え! 命を削りに削って勝利を目指せ! 夕陽を見るまでにこのジオアの籠の外に出る!」
「前方大将旗群在り! 二人の将が集っていると思われます!」
この夜間の戦いの間に敵将の名前も俺たちは手に入れた。しかし言い方を変えれば俺達はこれまで敵将の名前も知らなかった。
敵の副将はジオア・マンテノート。これは元から知っていたが守備の名将という情報しかなかった。
「ここの指揮を執るのはジオアだけ!?」
騎馬で疾走しながら前に出ていくことが出来なかったリディアが聞いてきた。
「ああ、旗だけ。旗だけだ。俺達を畏怖させ、叩き潰すそんな戦略。しかし、俺にそんな戦いは通じない。守備偏重の戦いは俺が嫌というほど見てきた。嫌と思うほど勉強した。覚えた。だから分かるんだよ。ジオア・マンテノート!」
「ほう? 良く見破ったな。だが、その栄華もここまでだ。お前世は違い俺には武将としての誇りを持ち合わせていない。一騎打ちとかいう真似は正直嫌いだ。囲んで殺せ」
そういう敵将は俺が追い詰めても逃げきることも多い。恥を知らないメンタルがロンズデーライト並みに硬そうだな。
「追いかけるな。この場に集った敵の本陣兵を皆殺しにして敵の戦力を殺ぐ」
「両翼の将の無事を確認! 後列歩兵団到着しました!」
「掃討戦に加えろ。ここで時間を稼げ。円陣を作り、負傷兵は中に入れて治療を開始しろ」
その時ドドドと地面が揺れた。多い。兵の数が。
「な、南東方向より大軍が!」
「敵か!? 味方か⁉」
「上がる将の旗は青。その数は七万!」
旗色青‥‥。氷晶の旗か! 旗色が悪いなかなり。
「青地に金の刺繡と東の文字! これこそ紛れもなく‥‥間違いなく‥‥東都王の軍です!」
スササと敵兵が退いて行く。明らかに、離脱の構えだ。新手に充てるのは疲弊した軍か新品の王が指揮する士気がとても高い軍かは明らかに後者に軍配が上がる。
「第一陣前面に当たります!」
敵は二万、二万、三万の三波。
「ぼ、防陣を組みなおし第二波以降に耐えるんだ!」
「前線に居た葬獄は全滅! 中央軍三万に出陣の気配がありますが敵に阻まれ援軍し難し!」
「ならば敵の攻撃を真っ向から向き合う。後方に数千を当てるだけにし、前面にはほぼ全軍を当てろ」
それしか、この軍の瓦解を防ぐことは出来ないし、援軍まで耐えることもできない。
「防陣完成しました! ‥‥しかし前列完全に呑まれ壊滅。第二陣出撃しますが‥‥でき第二波ももうすぐ到着します!」
「後方十数万接近!」
前の波状攻撃は俺の軍で俺が前に出れば抑えられるかもしれない。数自体も後ろより少ない。だが後ろの軍は違う。
その数十数万はこの軍を一気に壊滅破滅に追い込むことのできる強力すぎる軍勢だ。いくら守備を主とする軍であろうとその数の暴力はそんな事ガン無視だ。
「北に抜ける‥‥。北に抜ければ少なからずは光龍軍の生き残りがいるだろう。周辺の小城はまだ奪還されていない可能性もある。それこそ俺の知る限り小城鵬砂はまだ陥落した報告は入っていない」
「承知。この軍の集計、統率はこのランシェが務めさせていただきます。先ずは副官殿やその他将校と共に北上を。残軍は私が責任を持って私が率います」
「ああ‥‥頼むぞ」
「ユリウス‥‥今回も悪いな。ランシェの補佐として殿を頼む」
「ハ‥‥ハハ!」
急ぐか。グダグダしていると俺たちの背を追いかける両軍の攻撃が激しくなる。
「歩兵団を先に向かわせろ。出来るだけ走らせろ」
「追いつかれたら面倒だ。騎馬隊を一千走らせ護衛させろ」
俺はトレンツの肩をそっと叩いた。
「いつも通り‥‥進むだけだ」
まだ日が天頂に上がっていないことだけでも俺は驚きだが、俺が動き出したのにも拘らず敵が追ってこないほうが驚きだ。




