四拾話 王が出た
「銅鑼を鳴らせ。始めるぞ。氷晶よ!」
ゴア―ンという重厚な響きが響き渡った。それを受け、大歓声と共に俺が指揮する光龍軍が突撃を開始した。
「中央全軍へ伝令。此度の中央軍の将リシュアン・レオンハルトからの言葉だ。ここから先は一歩も引くことが出来ぬ戦いとなる。背後にある灰嶺山脈を抜ければ王都圏となる。そこには諸君らの親兄弟に妻子がいる。決して負けるでない。勇敢なる光龍の兵たちよ」
中央軍総括リシュアン・レオンハルト。今回は東都王、西都王への対応のため、将の配置を両翼に固め、中央は俺一人で受け持つことにした。
「左翼、葉桜軍大将華怜大将軍です!」
本陣兵の言葉と共に天幕に一人の女性が入ってきた。
見た目は二十代後半。漆黒のロングヘアに赤の目、スラリとしたスレンダーな女性だ。
しかし、その赤の目には、この離れた距離からでも見て取れる闘志と熱さが感じられる。
「華怜・鈴銀と申します。以後お見知りおきを。リシュアン総司令‥‥といってもそんなに身構えることはありません。どうせ三年後に会うときは敵として、互いに戦場で合間見ていることでしょうから」
「そうですか‥‥。では此度は手の内を全て見せないほうが良さそうですね。よろしくお願いしますね。華怜大将軍。申し遅れました。光龍国軍総司令リシュアン・レオンハルトです」
俺はそう言って手を差し伸べた。
その手をガッチリと取った華怜大将軍は奇麗な笑みを浮かべ小声でこう言った。
「なるほど‥‥。我らが王を惚れさせるだけはある‥‥」
「え⁉ まさかあなたも‥‥?」
桜羅王が女性だと知っているのですか? そんな言葉を必死にこらえた。
「フフッ。ご名答‥‥そう答えておきましょうか。そう。私もあなたと同じようにあの方の秘密を知る数少ない人間の一人です。私は左翼の指揮があるのでこれで」
バザッとマントを翻し、こちらに背を向け歩き出した華怜大将軍を俺は呼び止めた。
「ええ、改めて礼が言いたい。夜、そちらにお伺いするとしよう」
「分かりました。夜までこの戦線が持っていること‥‥が絶対条件ですね」
「ああ、共に頑張ろう。公爵家当主華怜大将軍」
華怜は握り拳をこちらに向けた。俺もそれに応え握り拳を示すと天幕の外に出た。
「俺はこれより本陣に入り指揮を執る。第二陣準備。第一陣を左右に分け、空いた中央に第二陣をぶつけろ。決して押し負けるな!」
平原にはまだ少し雪が残っている。これは俺達平地戦、山岳戦になれた光龍騎兵には堪えるものだ。しかし、雪原行軍が得意な氷晶騎兵は違う。
雪の残る平地戦に置いて機動力は明らかに氷晶軍に軍配が上がる。
そこで初動の衝突に特化させるために騎兵を多く配備した第一陣を横に退け、歩兵主体の第二陣を前面に押し出した。
「第二陣、敵軍第二陣と接触します!」
「左の左翼との間の森林に敵騎兵大隊が潜んでいる。槍兵を向かわせろ」
わずかだが、雁行が乱れている。それに周辺だけ雪煙がすごい。
「中央後方に遠射弓隊を向かわせろ。いずれ来る敵の第三波、第四波に備えさせろ!」
「右翼より伝令! 王が、王が出たと! 東都王が前線に出てきたと!」
「左翼より伝令! 西都王出陣です!」
♦♦♦
「東部に六万の軍を確認! 炎獄軍、侵攻の構えです!」
「アーフガード将軍が防衛に走っていると!」
「ザイフェ将軍は未だに北東部に留まったままです!」
「正しいですね。北東部に居ればリシュアン総司令の援軍ともなれるし、何かあった時の為の備えともなる。ザイフェ将軍の判断は実に正しい判断だったと言えるでしょう」
定例会議で俺、マルム・レオンハルトは久々に発言した。これまで殆ど出席する機会が無かったのだが、今回から末席だが、軍関係に入れてもらえるようになった。しかも俺は今、軍総司令共同代理だ。ある程度の発言権は持ち合わせている。
そうそう。正直、俺はまだ、このマルム・レオンハルトという名前に馴染めていない。もう半年経ったのだから‥‥そう思うかもしれないが、十七年の中の半年っていうのは本当に短いんだ。
だから十七年一緒に歩んできたマルム・リヴィアという名前の方が馴染みがある。この前、ちょっと大切なものに署名するときに間違ってマルム・リヴィアと書きそうになった程なのだから。
そう考えると、リシュアンのレオンハルトを名乗る前まで名前は何だったのだろうか。あとで叔父上か義姉上に聞くとでもしようかな。
「アーフガード軍は三万。数は凡そ半数ですが、敵に名立たる名称がいるようには思えません。容易く撃退してくれることでしょう」
叔父上が言った。この人も謎が多い。反乱貴族の兄弟にも拘らず、政治の要職に就いている。本来ならば、少し遠ざけられたりしてもいい筈なのだが‥‥。




