丗漆話 一触即発
「大陸大会議投票が終わりました。各国の宰相・相国は集計に集まって下さい」
宰相達が席を立つ。それに加え中立都市国家の要人も加わる。
中立都市国家寧淵。北の島にある都市国家。北の島は無数の都市国家から形成される五大国とは独立した自治区。公正公平な開票・集計のため、毎年このように呼び出されているのだ。
「集計が終了しました。十五票で宣戦布告制度大陸法案は否決となりました」
どよめき。俺は桜羅と目が合った。ウィンクしてくるその眼から察するに俺達側————否決側————に投票してくれたようだ。
「今年は何事もなく終わりそうだな」
不意に王が言った。その通りだ。例年通りであれば炎獄王だったりが騒ぎ出すのだが‥‥。
「続いて諸連絡に移ります‥‥」
「少し待たれよ! 私は翆玲帝国大宰相水鏡・ロギリアといいます」
水鏡大宰相‥‥。二十六年前の同盟時代生まれの人質か。
二十六年前。翆玲葉桜での盟があった。その当時翆玲国に葉桜からの人質として姫が旅立った。その時、王族の分家とその姫が結婚し、子が生まれた。それが彼なのだろう。
「この法があれば民の命は救われます。しかし兵の命は救われません。兵はもともとは民です。それをよそに置き、この法案に可決の票を入れた者は我が両の眼の前に面を出せ! その頸! 切り落としてくれる!」
一触即発。帯剣は許されているが武器を鞘から貫くことは許されていない。あからさまな御法度だ。
「お待ちください」
「ん? どうされたか。最初に首を落とされに来たか? 氷晶オルフェン王」
「いえ。私はこの法案には大いに賛成です。それは何故か? 私の氷晶国はこの九月に南都を光龍国の急襲により失いました」
「それがどうした。それは貴様らが弱者だっただけであろう」
‥‥。本来であれば今のような言葉遣いは仮にも敵国の王相手であっても不敬だ。後にその者が所属する国の王から咎められることは間違いない。しかし、翆玲王は面倒ごとが嫌いなのか明後日の方向を向いている。
「ではこの法があったら如何だろうか? 急襲は起こらず、城兵も死なず、そこに住んでいた民も難民とならなかった。よってそなたがここで剣を抜くならば‥‥」
氷晶王が剣の鍔に手をかけた。
「ここであの反乱貴族の遺児の頸を削ぎ落とす」
‥‥。吐き気がしてきた。席から立ち上がっている俺の視界が急に暗くなった。最後に見えたのは剣を振りかぶる氷晶王の姿だった。
「‥‥シュアン君!」
屈するのか?
違う。
なら、ここで死ぬのか?
違う。俺は――――
「ガアアア!」
雄叫びを上げ俺は双刀を鞘から取り出すと、氷晶王の剣を受け止めた。
「リシュアン。君という人は‥‥ギリギリで意識を取り戻し‥‥」
遠くで桜羅の感嘆が聞こえた。
「反乱貴族風情が! 調子に乗るなよ!」
「アリシア! これを!」
俺は片方の剣をアリシアに投げる。これは俺の得意な二刀流を止める自殺行為だが、アリシアの命の方が先決だ。
「失礼」
俺は氷晶王の足を蹴り体勢を崩し、床に座り込ませた。そして喉元に剣を突き付け‥‥。
「動くな。全員。特に氷晶。氷晶の人間が俺に近づいた場合、容赦無くお前らの王様の首を刎ねる。さて、ここで話をしようか。翆玲の大宰相殿」
「何?」
「あんたの主張は軍総指令としてもよく分かる。痛いほど分かる。俺もその葛藤の中に投票を終えた今もいる。だからこそ言えることがある。俺の王と言ったこととは矛盾するかもしれいないが、為政者ならば民のことも守るべきだ。別に俺は民と兵に序列を付けたい訳ではない。俺の話が分かったのなら剣を下げてくれ」
俺はゆっくりと宥めるように語りかけた。アリシアから教わった言葉巧みに精神を操作する術が実った。
すると彼は大人しく、極まりが悪そうに口をへの字に曲げながら剣を下げた。
「次に氷晶の方々。俺は他国の王を手に掛けるほど馬鹿じゃない。解放したい気持ちは山々なんだが、大人しく引き下がれますか? 氷晶王殿?」
「貴様‥‥。何様のつもりでこの場を仕切っておるか! 貴様のような反逆者の子供の死に損ないが! 大人の世界に口出しするな! ガキが! こんな子供のたまり場に興味はない! 行くぞ!」
荒々しくドアを閉めた氷晶王。一触即発の事態になりかねたが、治まったようで何よりだ。
「リシュアン‥‥。お前‥‥」
「全くこの子供は‥‥才能の底が知れないものだ。フハハ!」
おかしいな? 俺の予想であれば何をやっているかと右宰相からぶん殴られる予定だったのに‥‥。
数日後。俺は桜羅と共に場内の一角に居た。時は夕暮れ。西日が差す時。
「凄かったよ‥‥。この前は」
「‥‥いや、そんなことないですよ」
「謙遜しなくていいし‥‥。それと、ありがと」
彼女は俺の手を取った。
「‥‥いえいえ。こちらこそ、制度への否決票を入れてくれたので感謝しかありませんよ。殿下」
恥ずかしいな。なんか。あんまりこういう経験ないから‥‥なのかな。
俺の手を取ったその手はまだ離れていない。いや、離す気もないし、離される気配もない。
♦♦♦
「あの浮気者‥‥」




