丗陸話 合わせ
夕方。葉桜の宿。
「お目通りが叶い嬉しく思います。桜羅殿」
「い、いえ、ま、前々から僕も、あ、会いたいと思っていましたよ。あ、アレン王」
「もう二、三か月も前になりますか。援軍を送って頂いたこと、軍総司令として感謝申し上げます」
「いやいや、あれは‥‥」
「しかし、このリシュアン謝らなければなりませぬ。我らに送って下さった三万は本来翆玲との戦に送る筈だった三万と聞き及びます。その所為で領土を一部割譲する停戦交渉になってしまったとか」
「それはもう過ぎた話です。して、何の御用で?」
「それでは私の方からお話させて頂きますね」
アリシアが初めて口を開いた。今回、ここに現れた経緯を説明する。
「あと一つ。どうかお願いできないでしょうか?」
アリシアが微笑み、次のように言葉を繋げた。
「桜羅女王様?」
♦♦♦
アリシアとかいう特使の微笑みは女の僕でも少しドキッとした。
「桜羅女王様」
その後に続いた言葉を誰が想像できようか。
「え、な、何を、い、行っておられるのですか? あ、アリシア特使殿」
「強がって嘘吐かなくてもいいですよ? だってあなた――――」
悪魔のような言葉が続いた。
「————女ですから」
最後は上げ調子で明るさを保っていたが、トーンとその表情は本性を隠しきれていない。どす黒い。
「ぼ、僕は男ですよ? 全く‥‥」
「そうだぞ。アリシア。無礼が過ぎる」
「アリシア。何言ってるんだ?」
相手の王様も軍総司令も見破れていないようだ。僕が女であることを。しかし都合がいい。この場に居る五人のうち僕を入れた四人は騙せている。
なにせ、僕は重鎮中の重鎮で重臣の相国クラスの人間にも伝えていないのだから。
「光龍の情報機関とそこから吸い上げている情報。それを騙し通せると思いましたか?」
光龍の情報機関? そんなの先代の王から引き継ぐときにゴタついて上手く引き継げていないと聞いたけど。
「光龍最大‥‥いや、大陸最大の情報網。月華か‥‥」
月華。暗殺などの汚れ仕事メインで決まった所属を持つ団体が少ない裏機関の中でも異質な部類か。
月華は諜報を主軸としその主も分かっていない。これまで誰にも知らされていなかった所属も分かった。口を滑らしたな。光龍は。
僕は床をコン、と小突いた。これは総司令への合図だ。総司令は退出せよという。
「フハハ。子供の話し合いに中年は要らないようだ。王、退出しても宜しいだろうか?」
「か、構わないよ」
退出していった総司令の背を見て、再び僕は向き直った。
「人祓いは済んだよ。ここからは本音で話そう。同い年の僕たちで」
僕は悩んだ末、この判断を下した。全員殺す。そういう決断をするなら彼を残すのは正しい判断だった。しかし、残さなかったのはきっと‥‥。
♦♦♦
「人祓いは済んだよ。ここからは本音で話そう。同い年の僕たちで」
言葉の震えが無くなった。つまりこれが桜羅・光麟の本性。
「よくここまであの演技が通せたね。光麟」
王がタメ口になった。つまりこれは互いを対等に、彼女‥‥? が言うように同い年として接すようになったという事か。
「王になる前から、あの家に生まれた時からの癖かな。僕の両親は男が生まれなかったからね。嫡女の僕が王位に据えられることは決まっていた。生まれた時から僕は男として育てられた。君たちには分らないだろうね。僕へ圧し掛かる重圧が。従妹からも叔父達からも自らが王になる筈だったのに。という視線が絡みつく。それを少しでも避けようと僕は親族の男を多く、住職に就かせた。結果、王族贔屓だ、と王族ではない人間たちから言われる。人の出世欲には困ったものだね」
「フフッ。君が受けた重圧は測りかねるけど、結論は出たの? 私の持ちかけた話に対して」
「‥‥。仕方がない。僕の正体を看破したんだ。その話、受けるとするよ。でもこれだけは守ってほしい。今僕が話した話は忘れて。変わりに月華のことは僕も黙っておくし、彼、軍総司令鳳蓮は口止めする」
「話が早くて助かるよ。光麟。これで話は終わったね。また明日」
「ああ。また明日」
「まさか、女だったとは」
俺は彼女が退出した後、口を開いた。
「彼女の正体をどうやって看破したんだ?」
「さっき述べた通り情報網ですね。情報局に集まる月華から情報を吸い上げている情報責任者は私であることをお忘れなく。あとは服の盛り上がりでしょうか? 胸元が少し盛り上がっていた。でもこれはあの服だからこそ見破れた奇跡に近い。あの葉桜独特の服‥‥和服というものの合わせと呼ばれる部分で見破りましたね」
それはまぁ、本人の前では言えないよな。俺も、俺自身もアリシアが見破った後思っていたが、口に出す訳にはいかなかったしな。もし本当に女だったらセクハラ? というものになっていたかもしれない。
登場人物名鑑その2
桜羅・光麟
・アレン、リシュアン、アリシアと同い年の葉桜国王
・二重人格の男の娘
・やや中性的な見た目でこれまで騙し通してきた
鳳蓮・明耀
・葉桜国軍総司令官の四十二歳
・リシュアンと同じようなタイプの軍師
・時期相国候補とまで言われるその手腕は計り知れないもの
桜羅・麗瞬
・光麟の従妹で葉桜国相国
・政治手腕、外交手腕どちらを取っても一線級
・身内が故、光麟の正体を知っている。彼女の正体を知る数少ない人間の一人




