弐話 それは流石に‥‥
策は固まった。まともに戦ったところで勝ち目はない。土地勘があり、機動戦術や伏兵、撤退や進撃がしやすい山脈内でのゲリラ戦に賭けるしかない。上手いこと山脈に入ってくるように仕向けるのは諜報・潜入任務担当の〈月華〉。敵の軍部を挑発し、山脈内部へ入れる作戦だ。
今回の戦いは非常に国の命運が掛かる戦いのため、俺自ら前線に赴くことも決まった。
「総司令、此度の戦どう見ますか?」
「十中八九俺の勝ちだ。しかし驕りは禁物。気を引き締めていくよ」
俺は軍議の間グレイドに答えた。正直なこと言って勝算はいくらでもある。でも、未だに敵将や大将の報告が入っていないことが不自然だ。
「報告します! 氷晶国南都より凡そ五万が出陣!」
「国境付近の三十万と合流する流れだな」
伝令兵の報告が終わり、俺は呟いた。
「ええ、南都から山脈までとなりますと二週間ほどかかると思います」
「そうだな。俺ももうここを発つ。報告はセリウスまで伝令鷹を飛ばしてくれ」
「ハハッ。了解です」
「最後に一つだけ頼んでおいてもよろしいですか? 叔父上。そこにいらっしゃるのでしょう」
「フッ、気づかれておったか。で、なんだ? 頼みとは?」
「それは‥‥」
俺は軍議の間を足早に出ると屋敷の使用人に、俺の鎧武具の準備をするように言った。
次に王に出陣の報告を。国王執務室に少し早歩きで向かう。
「王、リシュアン・レオンハルトに御座います」
執務室の大きな扉の前で言った。執務室は会議室の直上で塔の最上階にある。
「入れ」
「失礼いたします。リシュアン・レオンハルト、これより北部にて氷晶軍との対戦の指揮を取ります故、臨時でバルド・レオンハルトを軍総司令代理に任命しこれより王都を出立します」
「分かった。勝報を待っているぞ」
「必ず‥‥!」
「姉上も、行って参ります」
姉セリア・レオンハルト。俺のたった二人の身内の一人で実際は血の繋がりのない人。国王執政補佐官。レオンハルトの姓は、俺が王都に戻り本当の名前を取り戻したときに姉上が自ら望んでつけた姓だ。
「武運を祈ってるよ」
「ありがとうございます。では、これで」
俺は人目につかない王宮の外れの道を進んでいた。次に向かう場所は軍議の間。
軍議の間から地図二、三枚を持って行く。光龍全土、山脈地帯、氷晶全土の地図だ。
「クレイド、水軍に霊川の封鎖を頼んでおいて」
「了解」
「俺はそろそろここを発つ。治安軍には俺がもし敗れたとしても騒ぎにするなと伝ておけ」
「ハイハイ」
俺はドアノブに手をかけた。すると外開きの戸が引っ張られた。
「リ‥‥総司令!?」
「なんだ、ア‥‥リシアじゃなくて特使殿」
「自分、退席したほうがよろしいですか?」
「すまないが、そうしてくれ」
クレイドの了解の返事を聞いて、戸が閉まったのを確認すると俺はアリシアに話しかけた。
「できれば知られたくなかったんだけどな‥‥」
「また、なんでそんなこと言うのよ!」
「俺が出陣して負けたら俺の討ち死に・捕縛・斬首の報告が入らず、君をただただ不安にすることになるだろ? そこでもし、気づかれずに出発出来たら黙っておこうと思ったんだよ。そこで叔父上にも、もし俺が負けたらアリシアに病死と伝えておいてくれと頼んじゃったしな」
「まったく‥‥お人好し過ぎるんだよ」
「でも、それなら戦場で落命するよりも、君の近くの王都で死んだほうが良かったろ?」
「まず、そうやって死ぬはずないでしょ? あのリシュアン軍総司令が」
「猿も木から落ちる、河童の川流れ、弘法にも筆の誤り、そう言った言葉が西方の葉桜国にあるように、いくら天才で、優秀で、武術の達人でも死ぬときは死ぬ。それと同じように俺だって死ぬときは死ぬ。俺が絶対に死なないという保証はないんだよ」
「でも、でも私はリシュアン君が死ぬ時まで嘘つくのは嫌だよ」
「そうか‥‥。まあ、こうやって本当のことは分かったしさ、いいんじゃないか?」
「でも、私が死ぬときはリシュアン君のそばで死にたい!だから‥‥」
俺も想像がつかなかった言葉が出てきた。
「私も戦場に連れてって」
「え‥‥、いや、それは流石に無理じゃないか‥‥」
「私が女だからって言いたいんでしょ?」
「‥‥」
「悪かったわね。私だって剣は振れるし戦略だって立てられるわよ!」
「そういうことじゃない。俺はただ君に死んで欲しくないだけなんだ」
「そんな‥‥」
「ゴメン、もう時間だ」
「リ、リシュ‥‥」
俺はパタッという音を立てて軍議の間の扉を閉めた。
ごめん。アリシア。




