廿陸話 地獄の果てで
始まった十一日目の戦い。主戦場となるであろう南のセレスティア軍対マルム・リシュアンのレオンハルト兄弟が率いる軍の戦いの火ぶたは切って落とされた。
「しばらくしたら俺は〈葬獄〉を率いて、セレスティアを狩りに行く。そのときは〈獄砂の陣〉で後方支援を行え。作り方は分かるよな?」
「分かってる」
横陣を引いた両軍はそこから大小様々な戦術を繰り出し始めた。
最初の衝突で斜陣掛けで始めた光龍軍に対し、至高の万能者は対となるように中央に兵を多くし、薄い斜陣の中央を破る作戦に打って出た。
そして奥地からやって来た火玉は前線が押し上げられた事により再び奥地へ退散していった。
「〈獄龍〉と〈葬獄〉の各隊に告げる! これより俺たちはあの敵の海に突撃し、敵将セレスティアの頸を刈り取る!」
俺は続けて号令をかけた。
「行くぞ! 俺たちの勝利を掴みに行く!」
上がった歓声を背に俺はハルバードを握りしめた。
上がる馬の速度と鼓動。
すぎる天と地と敵味方の兵士。
騎馬隊が来たため自ずと開けた道は、一気に太くなり、俺の目にはもう、セレスティア本陣が見えていた。
「〈獄砂の陣〉の後押しが速いのはやっぱりだな」
〈獄砂の陣〉とは左右に手兵を置くしぶ厚めの攻撃陣を作る。そうすると敵も中央からそこに兵を集める。その隙間のできた中央を抜く本体。
〈火鉞の陣〉と形は似ているが、リスクが小さく、敵にバレやすい。
すると、目の前左右から中隊二つが出てきた。全員精鋭騎兵。親衛隊の前の最後の砦と言ったところか。
「固まれ! 力一列で突破する!」
両隊が集結しきる前に力で突破する!
現れた二体の騎兵はハルバードの薙ぎに吹き飛ばされる。
乱戦を続けると砂煙や血煙の向こうに大旗が幾本にも立つ本陣と思しき集団が現れた。
「〈獄龍〉はここに残り、〈葬獄〉の援護を行え! 〈葬獄〉各隊は強引に乱戦を解き、各々目の前に見えるセレスティア本陣に向け‥‥突撃を開始せよ!」
〈獄龍〉。〈葬獄〉の一部だった兵にマルム直下兵を加えたマルム直下兵団。それを半強制的に連れて来た。一応元々は俺の配下だったため、違う主でも命は聞いてくれる。
俺の率いる本体も突破し、セレスティア本陣に迫った。逃げなかったことは賢明だったと誉めてやろう。だが、俺の突破を許した時点でお前の負けは決まっていた。
ハルバードを振るった。宙をを待った女の頸。
「ッセレスティア・ノール=ヴァリア! 光龍軍総司令リシュアン・レオンハルト様が討ちとられたぞ!」
緊張の糸がプツッと切れた。
それは俺の意識を保たせていた糸でもあった。
♦♦♦
童はただ兄さまを助けたかった。それだけだった。
氷晶との国境近くの戦果が身近な龍村に生まれた童は両親は他界しており、孤児として育った。
兄さまは生まれつき病弱で、それでも薬を買う金など私達にはなかった。孤児院でも国境近くとなると金はなく、無料の診療所に連れて行くと、「このままだとあと三年と命が持たない」。そう言われた。
しかし、「このままだと」と医者は言った。
童は聞いた。「このままじゃなければどうなる?」と。
医者はゆっくりと口を開き「王都や北里城には名医が居ると聞いたことがある」そう私に告げた。
しかし、王都や北里の医者にかかるにはそれこそ金が掛かる。
北里なら医者代だけで十分かもしれないが、確実に直してもらえるのは王都の医者だ。
王都には旅費だけでもかなり掛かると、そのとき八つだった童でも分かった。
童は戦場に出た。兄さまを孤児院に残して。
童は勝ち続けた。勝ち続けてしまった。
そして、将軍、大将軍、聖騎士の位を飛び越え、英雄階級炎獄五将という位にまで上り詰めてしまった。
当然、兄さまは助けられた。
様々な男から求婚され、童は王都の生活にのめり込んでいった。
そんなある日に報告があった。「龍村周辺の城が攻撃され、陥落。一帯は氷晶の手に落ちた」と。
故郷のあの村を、共に野を駆けた友を、なにより兄さまと過ごした孤児院失った。
童は五将の権限で王都を飛び出すと数万を率い、一帯を奪還し、迫っていた氷晶軍を撃破。その勢いで一時的に氷晶国東都を占領した。
童はその戦いでこう呼ばれ始めた。至高の万能者、と。
あれから十六年の月日が流れ既に童は齢が三十八を数え、引退の頃だと思っていた。
引退の宣言を帰ったら兄さまにしようと思っていた。
しかし、私は‥‥。
目の前に迫る光龍の総司令の刃。童を殺さんと、国を守ろうと。そんな熱がこもっていた。
私も最初は助けたい者、守りたい者の為に戦っていた。しかし、どこをどう踏み外したのか。
地獄の果てででも考えてみるとしよう。




