廿話 鶴翼魚鱗の陣
「ムハハ! 弱い弱い! このような者か⁉ シグルド・ハーゲン!」
「貴様のような強者は久方ぶりだ。故に戦い甲斐があるぞ! ヴァルゼン・ダル=グラオ!」
俺の名はシグルド・ハーゲン。東部指令の任を預かり、今この戦いでは最北の地にて盟主で主戦力と思われるヴァルゼン軍と交戦している。
ヴァルゼンが現れたのは少し前。この戦場が開戦して直ぐの事だった。異様な敵影を確認した報告を受けた時には俺の目に捉えられていた。この眼前に立ちはだかる大男が。
奴は赤黒い炎獄鉄甲冑と呼ばれる代物を装備し、背に黒のマント。顔は面頬に覆われ、あまり見えないが傷だらけだ。それだけで歴戦の猛者という事が分かる。面頬より覗かせるその眼はどこか見る者を威圧するような火が込められており、兵たちが畏怖し、この男の前で戦えなくなる理由も肯ける。
この男が扱うグレートソードも切れ味と耐久性に磨きをかけた炎獄武装製法が使われ、赤みを帯びている。グレートソードは剣の先が一度太くなり、そのあと細くなる作りで遠心力による斬撃能力が上がっている。
しかし、リーチではこちらが優勢。長さを生かし、畳み掛ける!
「ホウロ! 合図の銅鑼を鳴らせ!」
「鳴らさせるな! そいつを殺せ!」
ホウロに鳴らさせた銅鑼に込められた意味は単純明快。「時は今。〈駆鬼の陣〉を作り出せ」。
左右からは俺の精兵四千ずつが。後方に蓋をするのは重装歩兵団一万。全面は俺の軍が押さえつける。
「ヴァルゼンは俺が押さえる! 他はヴァルゼン周辺の兵たちを一掃しろ!」
ヴァルゼンが周囲に気を取られた隙にグレートソードの刀身の付け根の横側からグレイヴの柄を叩きつける。
刀身の付け根の側面への打撃。武器破壊の成功率が最も高い方法であり、よほどの精巧さを持たない限りは破壊される。たとえ炎獄武器製法だとしても。
バキッという音を立ててグレートソードが根元から折れる。
周囲は俺が武器を破壊するのを見届けると再び乱戦へ戻り、壮絶な殺し合いを始めた。
「ガイドウ、ガイライは両翼の指揮を。ガンロウは後方の指揮を執り、全軍脱出の方向で軍を進めろ。中間の軍と儂の声が届いていて動ける者は、今すぐ乱戦を解き、儂に続け」
「逃がすな! 右後方よりレギョの重装騎兵大隊を呼び出せ! 一人も逃がすな!」
今この好機逃すべからず。そう俺の本能が叫んだ。
動き出したヴァルゼンの助かる道は奴から見て右斜め前方、俺から見て左斜め後ろに速さを生かし駆け抜ける事。レギョの軍が到着すればそれこそ逃げ道はない。
「儂に続け! 口惜しいが退く! この雪辱、この戦でお主を討って晴らして見せる! シグルド・ハーゲン!」
「やって見るがいい! 炎獄の太古の遺物よ!」
進みだしたヴァルゼンは真っ直ぐに右斜め後方に走り去って行った。俺の軍自体もかなり疲弊し、追撃をかけることが出来ない。
「前衛に命を出す。今すぐに出来る所まで押し込め。相手の大将が本陣にいない今が好機だ!」
♦♦♦
「これが齢十七の者から繰り出される戦術か! マルム・レオンハルト! 童の攻撃を全て防ぎ切ったとでもいうのか!」
開戦より数時間。童は全軍十一万のうち五万を前進させ、包囲殲滅の為の波状攻撃を行った。しいかし童の手は全て見透かされているかの如く、跳ね返され、仕舞いの果てには童の本陣へ王手を差しに来よった。これが齢十七の将の戦術とは到底思えぬ。
「今日はもう攻める体力が残されてはおりませぬ。どうか防御陣を敷いて頂きたく」
「分かっておる。〈鶴翼魚鱗の陣〉を敷け! 第七と第八の弓兵大隊は鶴翼の裏の射撃位置に付け!」
〈鶴翼魚鱗の陣〉。本来の鶴翼の陣では中央が薄くなり、そこを突破されるのが普通であった。しかし、その中央に魚鱗の陣と呼ばれる中央から左右に広がる錐型の陣を付けることで弱点を克服させるここ五年の間に考えられた新たなる陣。これまでは〈鶴翼偃月の陣〉が主流だった。
〈鶴翼偃月の陣〉とは鶴翼の裏に偃月の陣を付けるのだが、万能の偃月の陣は左右からの横撃に弱い弱点があった。
それを克服させたのが〈鶴翼魚鱗の陣〉である。
「童の陣が完成すればあの忌まわしき童の攻撃もどうということは無くなる。早急に完成させよ!」
♦♦♦
「〈鶴翼魚鱗の陣〉か。ならば翼を蝕むぞ。第二大隊を右から、第三大隊を左から出し、頃合いを見計らって中央攻陣大隊を突撃させろ」
「いくら翼を蝕もうと左右の弓隊からの援護射撃に倒れてしまうと思いますが?」
「心配ご無用だ。そのためにも中央攻陣大隊には中装兵を多く入れてある。速度とある程度の防御力を備えているから心配はいらない」
「‥‥お見事ですな。感服致しました」
「では攻陣大隊の指揮は君に任せるよ。ガルム・ヴェインハート」
「承知!」
ガルム・ヴェインハート。リシュアンの直属部隊〈葬獄〉の出身で、リシュアンの副官のガルド・ヴェインハートの弟。リシュアンが有能だから置いとけと言われたが確かにその通りだな。
「急報です! リ、リシュアン総司令が倒れられました!」
「なっ、何ぃ!?」




