壱話 十二
王宮会議室は文官・武官の両者が向かい合う形で並ぶコの字型の机。最奥に王、左右に左右宰相、向かって右側に俺を始めとする武官、左側に文官。
俺の席は向かって右側の一番宰相に近い席だ。軍総司令は軍関係であれば最高級なのだから。
「これより、定例朝廷文武合同会議を始める」
王が口を開いた。王は先代のご逝去により急遽立った王であり、俺と同い年の十七歳。名前はアレン・リシュホード。先王レニオード・リシュホードは去年の冬に心労によりご逝去され、わずか十六歳で右宰相により王位に仕立て上げられた最年少の王で、この世から戦を無くすことを心に抱いているそうだ。
他の人の話によれば、俺と王は幼馴染のような関係だったそうだが、今はもうその影もない。
「軍関係では、本日入った氷晶の動きに注視し、北部防衛地域一帯に第一級厳戒態勢を敷かせました。北部防衛の防衛線はそろそろ完成するかと。そして中央一帯に徴兵令を発する準備は完成致しましてございます。何か加えられることはあるかな? リシュアン総司令」
「いえ、最後に一つだけ言わせていただければ十分です。この度、氷晶より迫り来ると思われる三十万ですが、精兵揃いとみて間違いないかと」
「それは何故か⁉」
財政担当大臣ダリオ・ヘルツが声を上げた。
「ええ。今、季節は初夏。兵糧麦の収穫時期です。故に農兵は動員出来ない。つまり正規軍。加えて氷晶南部及び東西両部の正規軍の大半は今、西部の葉桜方面へ出向いております。残るは凡そ二十二万からなる王都軍と八万の北部軍。北部軍は長年大戦に駆り出され、激戦地へ送り込まれた軍であり、王都軍は王都での十分な練兵期間がありました。それ故です」
「なるほど。対策は十分なのか?」
「いえ、未だ万全とはいい難い状況です。中央部一帯の農兵は動員し難く、残るは西部葉桜方面の予備隊一万と王都軍、各城々の防衛軍でしょう。それ全てを動員できたとしても多く見積もっても十万。実際に動かせるのは四万強でしょう」
「分かった。あとは総司令の策に任せる」
「ご下命、賜りまして御座います」
「内政では先ほど上奏したとおり、兵糧政策と水軍運河増設の法案の策定に回っております。戦に巻き込まれてしまうであろう、北部の民への手当ても準備は出来ております」
「分かった。王命として、優先すべきを水軍運河増設法とする」
「承知いたしました」
俺は再び軍議の間に戻った。
「グレイド、北部の地図を出してくれないか」
グレイドは俺の隣に大きな丸められた紙を置いた。これが北部一帯の地図だ。
「進軍路をどうするのか迷っているのですね」
「ああ、南の山脈経由では必ず間に合うが、兵たちの損耗が激しいだろう。ならば時間は掛かるが山脈迂回の水軍路ルートが望ましいのか。明日宰相と叔父上に判断を仰ぐ予定だが、お前はどう見る?」
「‥‥自分は早めに兵を出陣させ、山脈都市セリウスで休息を取らせるのがよいと思います」
「分かった。その案も視野に進めておく。今日は帰っていいぞ」
「ありがとうございます。お先に上がります」
グレイドが部屋を出ると入れ替わるようにアリシアが入ってきた。
「寝なよ。もう日付が変わるよ」
「嘘つくのが急に下手だな。まだ十時だ。虚々実々の王の外交官の名が泣くよ」
「まだ十時、されど十時」
「‥‥寝ろ寝ろ言うけど、お前もまだ王宮に残ってるのな」
「うぐうっ。そ、それは」
「人に寝ろって言うんなら、自分も早く寝たほうがいいと思うよ」
「リシュアン君が寝るまで私は寝ません」
「ハイハイ。寝ます寝ます」
「そうやって言って屋敷に戻っても寝ないの私知ってるからね」
「な、なんで知ってるんだ?」
「私の屋敷からリシュアン君の寝室丸見えだからね。カーテン開けっぱだからよく見えるんだよ。というか、防犯意識薄すぎ」
「分かったちゃんと寝るしカーテンも閉めるだからさ‥‥」
俺は唾を飲んだ。
「だから?」
「‥‥なんでもない」
俺は昼間のことを引きずって本当のことを言えなかった。
「昼間のこと、引き摺りすぎないほうがいいよ。冷徹な総司令の称号が無くなるよ」
「そんな称号無くなってもいい。俺は実際、今君が幸せなら明日にでも軍総司令の座を右宰相に譲るよ」
「なっ、何言ってんの!?」
「はは、冗談冗談」
「まったくもう!」
翌朝。浅霧が日光を反射し幻想的な景色を作り出すころ、俺は王宮に出向いた。正直言って毎日眠い。昨日だって四時間しか寝てないし、俺自身寝たのは四日ぶりくらいだ。
馬に乗るのも面倒くさくて歩いていたら後ろから馬脚の音が聞こえた。
「リシュアン君、歩いて王宮って結構遠いよ」
まだ半分しか開いていない目で振り返ると俺の予想違わず、そこにはアリシアがいた。
「おはよう、アリシア」
「おはよ。乗ってく?」
「いや、いいよ。俺まだ眠いし多分乗ったら事故る」
「そ、ならさ、相乗りする?」
「う~、そうさせてもらうか」
「分かった。早く乗って」
「はいよ」
俺はアリシアの馬の鞍の後ろの方に座った。眠い。眠すぎる。視界が暗転した。
俺は気づいたら王宮の軍総司令執務室に居た。背中には青と白の羽織が掛かってる。俺のじゃない。誰のだ‥‥?
「やっと起きた。おはよ」
「ふあ~。おはよう」
「馬に乗って直ぐに寝るとか寝不足すぎ」
「ゴメンナサイ」
時計は十二を指している。つまり俺はまた七時間寝たということだ。
「昨日は何日ぶりに寝たの?」
「四日」
「え、四日!? どんな生活してるの⁉」
「実際屋敷に帰ったのも十日ぶりくらい」
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫だいZY‥‥」
バタッという音とともにまた視界が暗転した。
俺は夢の中で思った。ちゃんと寝ようと。




