拾肆話 茜の斜陽が差す頃に
「仕方がありません。兵数の権利はそちらにお譲りしますわ」
「‥‥ありがとうございます」
「そこで、この場で一つご相談を。防衛用援軍を頼みたいですわ」
援軍要請。多分翆玲の戦場だろうな。
「状況は?」
「陸軍三十六万、水軍八百隻四万ですわ。こちらは二十一万前後。ご助力願いたいのです」
「‥‥王都で状況を確認し、それに見合う兵を送りますのでお待ちを」
「分かりましたわ」
バタンという音が響いた。俺の後ろからも、彼女の後ろからも。
「さぁて? どうやって死んで貰おうか。リシュアン総司令ぃぃ!」
全身深紫の衣服に片手剣。顔はマスカレードマスクで隠れている。
宰相は今日出席せず王都に戻ったからいいけど、アリシアや白蓮外交特使が居るのはマズい‥‥!
「アリシア! シリウスを呼べ!」
「うっ、うん!」
「螺清。協力してあげなさい」
螺清と呼ばれた男が前に出た。俺よりちょっと年上だいたいニ十歳くらいだろうか。
俺が持っているのは護身用の片手剣。彼もそのようだ。
「さて、死ぬ前に一つ聞かせてほしいな。誰の差し金?」
「そこの女のだよ」
俺は咄嗟に振り向いた。アリシアが消えた今、この部屋に居る女性は一人———
「白蓮外交大使?」
「ちっ、違う! 私はそんなのじゃ‥‥!」
「分かりました。その話は後にしますが、覚悟しておいてくださいね」
俺は振り向くとガラにもなく暗い声を出していった。
「いいよ、殺しに来な」
俺の目の前に広がる暗殺団〈星蝶〉。裏の国で働く刺客団で最強の刺客とも謳われる。
右斜め手前から剣。弾き返す。やっぱりこの前の奴らとは違うな。
この場で俺やアリシアを狙う理由はただ一つ。光龍国の弱体化。宰相もあわよくばって感じだったのだろう。
さらに斜め後ろから迫る黒の刃。振り向きざまに一刀。ようやく一人。
隣の螺清は既に二人。いつ来たのかシリウスとその近衛兵団は六人。俺が一人で七人。アリシアは既に下がっているようだ。
近衛兵団の一人が消えた。また一人。パタパタと消え既にシリウスともう一人になってしまった。なんだ?
いや、それに気を取られていたら自分が死ぬ。一瞬でも目を逸らしたら俺の負けだ。
袈裟斬り狙いの刃は横跳びして避け、背から剣を刺し通す。
ダメだ。俺が一番活躍できていない。群がる敵の個々の武力が強すぎる‥‥。
「仕方がない。アレを使え」
親玉みたいなやつが言うと一人、飛び出してきた。俺に向かって緑の短刀を向ける。毒か‥‥!
鍔迫り合いになっている現状、回避は不可能。
足を延ばして蹴り飛ばす。少し飛ぶがそれでも瞬きの時間程度。
短刀投げ。この前とやっていることは変わらないか。
回避。右腕を斬るが色的に即死毒ではないはずだ。
ジンジンと腕が動かなくなり、右半身を喰らう。恐らくは金縛り毒‥‥。麻痺毒の上位互換と言ったところか。
大丈夫だ。アリシアに貰った対毒薬を飲んでおいた。直ぐに効く訳ではないと思うけど、効能は大幅に下げられるはずだ。
親玉が鞘から赤黒い液体が付着した剣を引き抜いた。あれは‥‥即死毒。
俺の方に向けて地を蹴る。
俺の眼前に勢いそのまま迫る。金縛り毒が徐々に左半身から順に抜けていいく。でもまだ回避は出来ない。
振り下ろされる剣。
「やはり凄いな。フィレル殿の毒は」
♦♦♦
「以上が東部軍からの報告でした」
王宮軍議の間。リシュアン不在の間、自分クレイド・ヴォルティールはこの部屋の室長に選ばれた。
今報告をしていたのはバルド様への東部からの言伝。
バルド・レオンハルト。老練な軍政大臣。それ以外あまり抜きんでた特徴はない。同世代のグラウス宰相がいるからなのか、その功績は闇に包まれたままだ。
リシュアンの叔父上であること、リシュアンの父を引き留め、最後の最後まで反乱に否定的だった当時のレオンハルト家唯一と言っていいほどの常人だ。
その功を認められ、乱後も王都に残っている数少ないレオンハルト家の一員。
これが俺の知るこの方の情報だ。一応、レオンハルト家の分家であるヴォルティール家も百年以上前に分家になったがために、俺とリシュアンはほぼほぼ血の繋がりなどない。
「うむ、ご苦労であったな」
レオンハルト家‥‥不思議な家だ。
史書を読んでも最初に登場するのは百四十三年前。それにはこう記されている。——リジア・レオンハルトが若くして将軍になった――。
リジア・レオンハルトとは後に当時全面戦争をしていた翆玲方面軍の長官になった人物で晩年には階級を聖騎士まで上り詰めたと伝えられている。それだけ。
その後の記録は殆どなく、十数年前のような名家になった理由も不明だ。
茜の斜陽が差す頃に、俺はひとり、レオンハルト家の過去を探っていった。




