拾壱話 兵站
「翆玲大使館からは大使らは退去しておりもぬけの殻に御座いました」
「何とっ‥‥!」
「それでは、翆玲が本当に侵攻してくるという事かっ!?」
「それでは、翆玲の信用など丸潰れですぞ⁉」
文官、武官問わず混乱が走った。当たり前か。
「盟‥‥盟を結ぶのはどうか?」
「しかし、国境周辺に軍を駐屯させてしまっている故氷晶とは盟など不可能。翆玲は現在進行されている立場であり、遠方の炎獄は遠すぎて意味を成しません。まっ、まさか――――!」
「あ、ああ。そのまさかだ。い、今すぐ交流に使者を送ってください。宰相、できますか?」
「容易いことに御座います」
「た、頼むぞ」
「しかしですな、今から光龍と盟など我が国の面目は丸潰れに御座いますぞ」
「『国王が無謀な判断をして国が亡ぶよりまし』そうですか?」
「そ、その通り‥‥だ」
僕の言葉を代弁してくれた忠臣。その名前を鳳蓮・明耀。我が国の軍総司令。
「誇り高き我らが‥‥」
「今は辛抱の時だ。竜累。耐えよ」
臣下たちの中には納得もできないような人間が一定数居るようだ。仕方がない。誇りを重んじる我らにとって、自分たちよりも地位も立場も力も弱い光龍と盟。これは死んでも受け入れられない者もいるだろう。
「それはそうとして、受けますか? 光龍が」
「た、多分。その‥‥今、アイツらは戦争中だ。ひ、疲弊しきったところを突く国が一つでも減れば重荷が一つと列のと同じだろうから」
「な、なるほど。流石です」
うん。今のは因みに即興だ。適当に盟の話に持ち込んだけど、それを受ける理由なんて光龍側に在りはしないんだから。もっと言ってしまえば、氷晶に勝った後、氷晶に攻め込むこちらを横から攻撃できる。
そんな好機をあのリシュアン・レオンハルトが見逃す筈はない。
♦♦♦
「以上が葉桜からの使者の言葉です」
「我らと盟‥‥ですか」
「利があるかによりますね」
外交官アリシア・ヴァルティアが言った。数日間の戦場視察から帰ってきたところだ。
「利? 何が引き出せる?」
「そうですね‥‥。例えば領地の割譲や租借あとは‥‥そうですね、軍事支援要求‥‥でしょうか」
「それを引き出す自信は?」
「あります。少なくとも領地割譲は奪い取ってきます」
「頼む。では外交団の編成に取り掛かれ。軍事要求はリシュアンにも同席させることを視野に進めろ。近衛兵から護衛を好きなように連れて行っていい」
「承知いたしました」
「しかし‥‥山脈での戦いは始まってからもう十日経ちます。いまだ決着は付かぬのでしょうか?」
「信じて持つしかない」
♦♦♦
「今日、ここに光龍軍を沈める! 始めるぞ! 全軍突撃!」
開戦より二週間。十三万対二十九万で始まったこの戦いはこの数日沈黙を貫いていた。
現在の総数は八万対二十万。依然として戦力差は倍以上。
しかし、奴らには焦る理由があった。兵糧だ。霊川を封鎖している水軍のせいで兵站が寸断され、兵糧補給が行えず、兵糧麦は俺の計算が正しければあと三日。
「『今日は守りに守って守り続けろ。守り続ければいずれ勝機の光が差す』そう全軍に伝えろ」
「ハハッ!」
砦化が進み、両翼は安泰。正面もエドガー将軍が重体の身に鞭を打って出てきてくれた。
「両翼より報告! 砦まで後退し、殲滅を図ると」
「正面より急報! クラリスが前に出て来ました! 目標予想地は‥‥ここです! 中には〈影狼〉も含まれていると!」
「分かった。お前たちは下がれ。変わりに〈葬獄〉を前に出せ。第二重騎兵団に連絡。本陣に盾を作れと。エドガー将軍には余計な損害を出さず、ここまで通せと伝えろ。〈駆鬼の陣〉。包囲戦を始める。包囲の両翼と中央前衛を重歩兵で固めろ。第八弓兵大隊及び弩兵大隊を呼べ」
包囲の陣が出来上がる。
ここに来れば待っているのは死だけだぞ。クラリス。
「エドガー将軍に敵が俺の陣に入り次第、蓋をするように頼んでくれ」
さぁて、どうするよ? クラリス。
入ってくる敵兵。
「打ち方始め! 波形射で確実に仕留めろ! 中央重騎兵・重歩兵に連絡。上方に盾構え」
「あらかた仕留めたら俺がクラリスを殺す」
「承知です」
波形射とは右から左に順番に撃っていき、次は左から右というように撃つ方法。相手に休む間も与えない。
「両方より敵襲です!」
俺は急いで左右を確認した。右に三千、左に四千。恐らくは中央の穴を通って来たのだろう。しかも‥‥右には‥‥
「クラリス旗! 何故!?」
「恐らくは全て囮なのだろう。あの精鋭兵団〈影狼〉でさえも」
「アイリス、ここを任せる。ガルドは左の敵を抑えに行け。右は俺が抑える」
「「了解」」
最悪の場合、そうしたくはないが当たり負けた時は即座に後退。中央の砦に入る。
「ジャベリン来ます!」
「怯むな! 速さで駆け抜ける!」
一層加速する。
握りしめたハルバード。俺は既にクラリスの姿を視界に抑えていた。




