7話 いともたやすく行われるセクハラ2
村の役目をこなし、まだ力を保つ結界の境界をくぐる。
聖なる木の根はまだ生きているようだ。
とはいえ結界を抜けるときのその力の弱まりを感じる。先は長くあるまい。
森へ到着し、レヴィは呪いの剣を振るう。
黒い稲妻のような軌跡が宙を裂き、空気すら悲鳴をあげた。
ただの一振りだった。
けれど──呪いの剣は精巧な呪いをレヴィへと見せつけはじめた。
レヴィはふと自分の手を見た。
血だ。
目の前には、誰かがいた。
でも、顔の区別が──つかない。
呪いの剣は、レヴィに問いかけるように震えた。
おそらく、呪いの精神誘導効果。
「区別なんて、必要ないだろう?」
「お前は殺す。ただそれだけでいい」
──落ち着け。落ち着け。
レヴィは、荒い息を吐きながら自分の鼓動の音を数えた。
あたりは静かだった。
自分の手には血なんてついていない。
目の前には森が広がっており、レヴィ以外誰もいない。
つまり村は──無事だ。
鳥のさえずりすら聞こえる。
葉の揺らめきが風に揺れている。
小川の水は、きらきらと光を反射していた。
だけど。
──これはまずい。
非常に、まずい。
レヴィは、息を呑む。
手が、震えていた。
「そのうち、俺は村人を、ノアを──斬る」
声に出すことで、現実味が増した。
幻覚があまりに精巧すぎる。
においも、手触りも、言葉さえも、すべて現実と変わらない程に。
もう“どちらでもいい”ほどに、境界が薄れている。
──なんとかしなければ。
レヴィはそう思った。
時間は限られている。
顔や姿を判別でからなければノアを守れない。
そもそも村にいられなくなる。
(考えろ。)
おそらくまだ行動は普段通りできてるはず。
村の役目も果たせているはずだ。
顔の判別ができず、姿が曖昧になっただけだ。
だがいずれそれすらできなくなるか。
思わず冷たいものが流れる。
(一つずつ確認しろ。)
村人はわからない。
幼馴染ですら、間違える可能性がある。
つまり人間は判別ができていない。
ゴブリンは間違えない。
(呪いの剣でゴブリンを切った殺戮の感触は以前と同じ。)
とはいえ、その記憶すら捏造されてる可能性もなくはない。
考えすぎか。だがあり得ない話ではない。思考が迷路に迷い込んでいる。
だから少年は、森へと向かう。
殺戮の最中は幻覚は静寂を保つ。
黒い剣が軌跡を描く。
──区別がつくうちに、戦う。
──せめて、間違わずに斬れるものだけ、斬る。
敵と判別がつくので剣を振り下ろす。
そして、今夜もまた──村の役目だとどこかで自分を誤魔化しながら──殺戮をする。
それが、かろうじて"自分"を守るための、儀式となっていた。
危ういことは自分でもよくわかっていた。
ある日──気づいてしまった。
ゴブリン、オーク、オーガ──いずれも区別がつく。
レヴィは、森の血の匂いの中で立ち止まる。
「……あいつら、裸だから……?」
呟いた声が、虚空に溶けた。
追い込まれつつあったレヴィは、その救いとも言える直感に飛びつくように、仮説の構築を急いだ。
──服を着ている者ほど幻覚の精度が高い。
日常を思わせる服装、人間の言葉、仕草。
それらが、幻覚を現実たらしめているのではないか。
──裸には擬態の余地がない。
「……ちょっと待てよ」
村人。小さな子供。
そして──幼馴染。
全て服を着ていた。
つまり。
「……服を脱げば、区別がつく?」
(幻覚を見破る鍵は“日常性の剥奪”だと仮定する。)
仮に日常性こそが人間を人間たらしめていると考えれば、全ての辻褄が合う。
法則に基づいて考えれば、人間のふりをした幻影は、日常性──すなわち人間らしさに宿る。
ならば、その要素を削れば──
──幻覚を見破れる?
理屈は立った。齟齬はない。何度も確認して破綻をしてない事を確かめる。
この検証が成功すれば、呪いの克服に大きな前進が生まれるだろう。
これしかない。
飛びつくように少年は決意した。
検証だ。
犠牲になってもらおう。信頼という名のもとに。
そして、呼び寄せた。
「……ん? どうしたの、そんな真剣な顔して」
草原を駆けてくる幼馴染。
スカートが風に舞い、笑顔が太陽のように眩しい。
ノアだ。
今のレヴィには、彼女が本物かどうかはわからない。
でも、確かめる方法はある。
「なあ、お前──」
「うん?」
「ちょっと、服脱いでくれ」




