5話 チュートリアルバトル2
レヴィは冷静にオーガとの距離を測る。
(乳への焦がれが、剣に伝わり、馬鹿みたいな出力を生む。)
数えきれない乳との時間が、築き上げた想いが、呪いの剣の権能へと伝わる。
呪いの剣が脈動を始め、黒い障気を纏い始めた。
オーガは一心不乱にある場所を目指していた。
村の中央にある聖なる木へ、まるで導かれるように。
おそらくわかっているのだ。結界が完全に消失すれば、村に成す術はない。
魔障と化しつつある森に飲み込まれ、村は蹂躙されるだろう。
何も残らない。
村の営みも。思い出も。命も。
レヴィは悲しみを抱きながら、さらに幻覚を進める
(俺はこの絶望的状況ですら、乳を思える。)
なぜなら、それはすでに習慣になっている。血と肉が知っている。
その2つの膨らみは青春そのもの。
そしてそれこそ、乳こそが、呪いの権能を引き出すと信じて。
だが、ドラゴンに木の棒で挑むような頼りなさも感じながら。
オーガの巨体が地を揺らしながら、村の中心通りに踏み込む。
その一歩ごとに石畳が砕け、地鳴りが響く。
レヴィは呪いの剣を握りしめる。
オーガは全身に奇怪な魔力を纏うレヴィを敵とみなしたか、向きを変え、棍棒を構える。
目は赤黒く燃え、口からよだれを垂らしながら突撃してくる――
オーガの真っ赤な目に映るのは、嗜虐性か、それとも隠しきれない闘争本能なのか。
鉄の棒は容易くレヴィの体を潰れたトマトに変えるだろう。
ばあちゃんは魔術障壁の使い手でもあるから、原型を保っていた。
(俺にはそれは当てはまらない。一撃でも喰らえば吹き飛ぶぞ。原型も残さず。)
落ち着け。今は幻覚を進めろ。
厳正なる儀式を進めるように、確実に映像を回せ。
臨界まで。
臨界といっても、女戦士の姿になるだけだが。
焦れるようにレヴィはその瞬間を待つ。
オーガが肉薄してくるのを視界の隅でとらえながら。
期待感からか、危機感からか胸の音が煩い。高まってくる──
そしてその二つの膨らみを見た瞬間、ダムが決壊したかのように、権能が溢れた
黒い風だった。
一閃。
レヴィの赤黒い軌跡が空を割り、オーガの巨体を真正面からぶった斬った。
1人と1体の戦闘スタイルは奇跡的にかみ合っていた。
オーガは肉体の性能そのままに棍棒をたたきつけるスタイル。
レヴィは呪いの権能のままに刃をたたきつけるスタイル。
防御などなく、当たれば互いに一撃。
結果、オーガは破れ、地に付した。
そしてレヴィは、膝を突き、その胃の内容物をぶちまけた。
呪いの負荷ではない。
この程度の呪いの負荷はゴブリンでいくらでも経験している。
だが、なぜ吐いているか。
一瞬だが見えたのだ。
呪いの剣、身体能力拡張効果の権能によって。
オーガの腰布のその中身が。
身体能力と同時に拡張された五感は、その形状、匂い、汚れ、カスにいたるまで全てを暴く
巨根
村の悲鳴も、剣の教えも、幻影の美しい乳房も、一瞬で、全てが消えた。
不要すぎる一枚絵と共に、衝撃が村中を揺らしオーガは斃れる。
黒煙と共にレヴィの嘔吐物が空に舞い、そして静寂が訪れた。
戦後
レヴィの表情は冴えない。
何か大切な物を失ったような、そんな顔をしていた。
炎の中、血塗れの呪いの剣を肩に担ぎ、彼はぽつりと呟いた。
「オーガ……お前の敗因は、俺に見せてはいけないものを見せたことだ。次は服着てこい。できれば二枚。あと下着も履け」
危なかった。
(もし呪いが臨界に達する前にそれを目撃していたら、俺は敗北していた。)
結果以上に勝敗は揺蕩っていた。
倒せたのは、紙一重でレヴィにたまたま天の賽の目がこぼれたからにすぎない。
レヴィは冷たいものが流れるのを感じていた。
(自分の弱さに腹が立つぜ。くそ。)
両親が死んだ。その悲しみから呪いに傾倒した。呪いが落ち着いてしまえば、今度はその幻覚の中の女戦士に執着する。
それも全力で。
笑える。
オーガの股間に動揺して、吐き気に苛まれるくらいがちょうどいいのかもしれない。
そういうわけで全力で嘔吐した。
オーガとの戦いが終わった。
村には静かな、けれど重い時間が流れていた。
畑は荒れ、家は焼け、井戸は崩れ──
そして――ばあちゃんが死んだ。
間に合わなかった。もっと早くオーガを殺してればよかったのか?
(いや、おそらく自分でできる最速だった。)
あれ以上急げば、呪いの権能が足りず、俺はオーガに殺されていた。
そもそもオーガの棍棒が直撃した時点で、ばあちゃんは限界だった。
ならオーガを村に入れなければよかったのか?
結界の更新の時期を狙われたのか?
うじうじと考える。考えても答えがない事を知りながら。
村の長老であり唯一の回復魔法が使える存在が。
村の結界を一手に引き受けていたばあちゃんが。
物語好きで、笑顔の似合うあのばあちゃんが。
いつも困ったような顔でレヴィを自分の孫のように見守っていてくれた大事な人が。
死んでいた。
孫娘──ノアが、その遺体に覆いかぶさって泣いていた。
レヴィは何も言えず立っていた。
剣を握りすぎて、手が震えていた。
呪いの剣の柄には、まだオーガの血がこびりついていた。
「俺が……もっと早く……」
守れなかった命。
救えなかった笑顔。
腰布のせいにするにはあまりに重すぎた。
たまたま賽の目がこちらに振られなかったにしてても。
それでも




