最終話 空を越えて
馬車乗り場。
レヴィは見送りに来ていた。ノアは静かに荷物をまとめ、セレネは少し離れてその様子をそっと見守っていた。
街の喧騒は少し控えめで、旅立ちの空気が張りつめている。
冒険者、商人、貴族の従者――様々な者が集い、それぞれの道へと分かれていく。
ノアの背中には、杖。腰には革の鞄。
魔導士の装束をまとい、微かに輝いて見えた。
「学校に着いたら、ゼルディスさんには俺が生きてた事、内緒にしといてくれよ。多分、俺、捕まるから。」
「わかってる。賞金首だもんね。あ……馬車が来た。レヴィ。行ってきます。」
「ノア。頑張ってな。」
「またね。レヴィ。セレネさんも」
「はーい。」
レヴィは手を振り、ノアを見送る。
セレネは気づいた。
「レヴィ君、泣いてるの?」
「繋がったのかって思ってさ。」
「何が?」
「俺が切り裂いてしまったはずの未来が……」
「そうだね。」
魔瘴の森の広場で風がざわめいた。
「んじゃ、寄り道せずに行こうか。始めるね」
セレネは静かに言った。
彼女の背から淡い光が溢れ、薄絹のような風のヴェールが広がり、肩から背にかけて、光の羽が形取っていく。
セレネはシルフィリアは使役する。
シルフィリアの力を使って、空を飛んでいく事になる。
「そういえば、どこ行くんだ?」
「そりゃ、呪いに呑まれた悪魔を観測してるところ。」
「どこ?」
「魔王領。まずはその前にエルフ領を越えないとなんないけど。」
「へー。」
風の精霊の力が輪を描く。衣の裾が翻り風が生まれる。
やがてセレネの身体がふわりと浮かんだ。
「レヴィ君。手を」
レヴィはセレネの手を握った。
彼女の身体を包み込み、空へと持ち上げる。
セレネはシルフィリアを顕現させ、そして、シルフィリアはセレネとレヴィを飛翔させた。
風を切りながら飛ぶ。
彼らは高度をあげていった。
雲は切れ、青が深みを増しつつあった。
風の振動が少しずつ減少する。
それと同時に空気が、重さを失っていく。
「そろそろ安定軌道に入るよ。」
「安定軌道?」
「風の流れが一定になり、墜落や、姿勢の乱れの少ない安定飛行に入った、という意味だね。」
「な、なるほど……」
(わからん)
「じゃあレヴィ君。そろそろ聞かせてよ。君のこれまでを。」
「俺のこれまで?」
「知りたいから。レヴィ君の事。どんな風に生きてきたのか、そして、どうして、おっぱいで呪いを制御するなんて、馬鹿な事に至ったのか。」
「知らねえよ。そんなの、できちゃったんだよ。」
「いいから。聞かせて。……全部じゃなくてもいいから。」
「そんな面白いもんじゃないぜ。いつも失敗してばかりだった。成功談なんてない。」
「私なんて、蘇ってシルフィリアの地雷ふみまくりだよ。レヴィ君」
微笑みを絶やさずに言うセレネの声音は穏やかだった。
レヴィはしばらく黙り、深く息をついた。
呪いの剣と出会い、レヴィの人生は大きく変わった。
選択してるようで、何も選んでこなかったその日々は、命がいくつあっても足りない程大変だった。
流されるだけ流されて、村が滅んで、大切な人はほとんど死んで、その残った大切な人すら切り裂いてしまった。
そんな、情けない男の話だった。
(でも……それでも必死に駆け抜けたんだ。)
守りたい者を守れる強さを、得られぬままに。
パイオツへの執着を、死んでもなお捨てられない、馬鹿な男の話を。
──意味があったと強くレヴィは思う。
これまでの、呪いに翻弄された全てに。
数えきれないほどの、夜に。
罪は犯した。
それでも。
喪失の全てに意味があったわけではない。
それでも。
呪いの剣との日々の全てに、レヴィが行ってきた事、耐えてきた事全てに、意味がないわけではなかったのだと、わかった。
移動中、彼らは剣を交えた。訓練の為だ。
レヴィは剣を振る。
だがセレネは、その合間に10度の剣を振るった。
戦闘の技術は隔絶としており、まるで敵わない。
何度もあしらわれる。
何度も死んだとつきつけられる。
勝てるビジョンなど全く無かった。
絶望の中で剣を振ることは慣れていた。それだけがレヴィの選択だった。
レヴィは、それを何度も繰り返した。
今までと同じように。
呪いの声と戯れるように。
幻覚の中に溺れるように。
何度も。
何度も。
レヴィは呪いの剣を乳への焦がれで制御する。
乳はゆらめく。
そしてそれは決して、晒されないもの。
だから確かめるように、そこにある真実に向けて、手を伸ばす。
何度も。
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お付き合いありがとうございました。
しばらく充電します。
一応終わりまでのプロットはあるのですが、
はじめて小説書いたので、
書き直しまくって、たかだか何万字の話に何十万字書くんだっていう……。
ここまで読んでくださったことに、本当に感謝しかありません。
ありがとうございました。




