57話 ギルドの受付嬢の件
一通りレヴィが泣いて落ち着いたので、ノアは埃を払いながら立ち上がった。
「じゃあレヴィ。行こうか。」
「……どこへ?」
「ギルドの受付嬢の所。」
一瞬、風の音が止んだように感じて、レヴィは凍りついた。
レヴィの笑っていた口元が、そのまま固まった。
「え……いや、なんで?ギルドの受付嬢が──」
「私、知ってるから。」
ノアの笑顔に、何か見えない激しい壁をレヴィは感じた。
──この話題を突き進むのはあまりに危険すぎる。
「レヴィには選んでもらうから。私か。彼女か。」
冷えたスプーンで胸元を掬われているような感覚に、思わず唾をのむ。
「いや、ノア以外にねえ。」
「ふーん。どうだか。じゃあ、お世話になったんだから、お礼しにいく感じでいい?。」
「お、おう……」
颯爽と歩きながらノアは言った。
「口ではなんとでも言えるからね。いやらしい事してたの、私、知ってるんだから。」
「してねーし。」
「じゃあ、なんで幻覚であんな卑猥な映像が存在するのよ!!」
「いやらしい……?そんなのあったっけ……?」
「シャワーを浴びてたんだから。あのきれいなギルドの受付嬢!幻覚で!裸で!」
「あーノアが杖をもらった時、何もできない自分に、やけになってダンジョンで無理したときの奴だな……」
「ほら。朝帰りの理由げろった。」
「大怪我負って、手当してもらって、その後、マジで昏睡状態に入ったんだよ。」
「その理由は責められないので、ずるい。」
誰かが言っていた。呪いの剣は所持者の絶望を元に構成される。
つまり記憶を参照にしている。事実しかない。
受付嬢の部屋でシャワーの音は聞こえていた。聞いていたら、寝た。
「ノア。本当に何もなかったんだ。信じてくれ。」
「……わかった。許すよ。でも行くからね?ギルド。お礼はしないと。」
「ああ。」
レヴィは、強く頷きながら思った。
(怖……ノア。怖。)
冒険者ギルドの木製の扉を押すと、鈴の音が短く鳴った。
昼下がりのギルドは、穏やかなざわめきに包まれている。
レヴィとノアは歩いていく。
そしてレヴィの姿を見た、ギルドの受付嬢が号泣するという事件が勃発した。
息を呑むような姿を見せた受付嬢は、カウンターを回り込み、そのままレヴィの胸に飛び込んだ。
泣いていた。
ガチ泣きだった。
「お、おい」
「……良かったよ……」
声が掠れた。
「良かったよ、生きてた……!」
泣き声がギルド中に響く。
「帰ってこなかったらどうしようって……!もう、帰ってこないんだろうなって……!!」
彼女の肩が震える。
張りつめていた糸が切れたように。
「ほんとに……生きてて、良かった……」
ノアは冷たい目をしていた。
──ねえ、レヴィ。これどういうこと?
──いえ、本当に無実です。
いつもは依頼の喧騒でざわめくその場所で、受付嬢の泣き声だけが響いていた。
重たい空気の中、ギルドの奥へ一行は歩いた。
廊下に出ると、外の喧騒はすぐに遠ざかる。
応接室へ他の受付が気を利かせて案内した
泣き腫らした目を隠すように俯く受付嬢の肩が、わずかに震えていた。
「ごめん。取り乱しちゃって。……レヴィ君。生きてたのね。本当に良かった。」
「あんたには世話になったから礼にな。」
「そんなのいいのに……またご飯奢ってくれれば……」
「……いや、一回も奢ってねえだろ結局。」
──ねえ、レヴィ。何やら本当にいい雰囲気なんだけど、君ら。本当に何もなかったのよね?信じていいのよね?
ノアはそういう冷たい表情をしていた。
「とはいえさ、ギルドであんなに目立っちゃって言うのもなんだけど、街から離れた方がいいよ。レヴィ君。賞金がかかってる。目立ったのは号泣した私のせいだけど。」
「……賞金」
「それも、国から。」
扉の外に出ると、夕風が頬を撫でた。
外の風は冷たく、街に鍛冶屋の鐘が響いている。
「会えて良かったぜ。」
「……行くのね。」
「ああ。周りを巻き込みたくないしな。」
「ノアちゃんとお幸せにね。でも君は意外ともてるから、女泣かせかもね。ここに一人泣いている女が……」
「なわけねーだろ。それに、こんなさちが薄いやつを狙う女子がいるとも思えねえ。」
「……会えてよかったよ。本当にそう思ってる。金ヅルが減って、さみしーよ。私は。レヴィ君よりもいい金づる見つけてやるんだから。」
「ああ。そうしてくれ。」
「本当に生きててくれて嬉しいと思ってる。冒険者ギルドの受付やってるとみんな死んじゃうからさ。」
「笑えねえブラックジョークだな。」
「懐かしいでしょ?」
「まーな。」
「じゃあな。」
「またね。」
受付嬢は手を振っていた。
「ねえレヴィ。彼女、結構本気でレヴィの事、狙ってたと思うんだよね。」
「だとしても、俺はすでに選んでいる。それに、呪いの剣の運命とかかわれば殺しちまう。俺に賞金がかかってるみたいだし、これでいいんだろ。」
「……私はいいの?がっつり巻き込まれているけど」
「当たり前だろーが。頼りにしてるぜ。……ノア?」
ノアが、胸を押さえて立ち止まっていた。
風に揺れる髪が、微かに震えている。
「……ちょっと、痛むだけ」
苦笑いを浮かべながら、ノアは手を離す。
けれど、その仕草の下――衣の奥、心臓のあたりには傷がある。
それは、レヴィが振るった刃の痕。
運命に翻弄された日に刻まれた、決して消えぬ痛み。
「なんだか、レヴィに切られた胸が痛むな……。ご飯奢ってくれればチャラにしてあげられる気がする。」
「……どこのお店にエスコ―トすればよろしいでしょうか。ノア様」
ノアが王都の学校へ出発する日になった。




