4話 チュートリアルバトル
村は、静かに、しかし確実に滅びつつあった。
かつては豊かな大地だったその場所は、今や魔障の森と呼ばれ、黒い瘴気が包み込んでいる。
木々はねじれ、葉は黒く枯れ、空気は重く淀んでいた。
環境は激変した。
川は濁り、魚は姿を消し、作物は異形の形を成した。
魔物たちは増え続け、村の境界を押し広げるように跳梁跋扈していた。
村人の犠牲は増え、来訪者が途絶えて久しい。それは、森が街との交易路を断った事を意味している。
森は容赦なく、ゆっくりと村を包み込み、飲み込もうとしている。
聖なる木の根を中心に築かれたこの地には、結界が張られている。
レヴィは静かに感じていた。
(どれだけ剣を振り、どれだけ魔物を斬り倒しても、この森の瘴気は止まらない。)
村を覆い尽くす黒い影は、まるで意思を持っているかのように広がり続ける。
気づくのが遅すぎたのだろうか。
いや。偶然ではあるが、レヴィは狂ったように魔物を殺していた。状況はそれでもなお変わっていなかった。
「最近、魔物の気配が近い」
「森の奥で奇妙な声がする」
村人たちはざわつき、子どもたちは外で遊ばなくなり、家々には鍵がかけられ、夜が早く訪れるようになった。
魔物の数は増え、襲われて命を奪われる者も増えた。
無人となる家は増え、村人の数はさらに減りつつある。致命的なほどに。
墓の数が増えていく。
村が終わる予感が、実感となり、陰鬱した空気を形作っていた。
レヴィの活動に、特別変化はなかった。
森へ行き、魔物を殺す。心情は大きく変化していた。
一匹でも多く魔物をぶち殺し、村の犠牲を抑える。
魔剣の権能を使いこなし、とにかくぶち殺す。
理由は違えど、全く同じ活動をレヴィは続けた。むしろそれは増えていた。
村のことが、好きだった。
ばあちゃんがいる。仲のいい幼馴染や、顔なじみの村人がいる。村の子供達もいる。
そして──両親が愛した場所だ。
多少──若干、本当にほんの若干だが、乳に浮かれはしていたもの、かつて平和だったこの場所を、レヴィもまた愛していた。
森にゴブリンが出た噂を聞けば殺し、魔物が出れば切り払った。
終わりのないその作業をレヴィは黙々とこなした。
レヴィは歩く。そして剣を握る。しっとりと冷たい、不思議な手触りな剣を。
でもぶっちゃけ一番は、幻覚が見せる乳だった。
なんだかんだ言っても、幻覚が見せる乳がなければ、全てを放り出していた。
これこそが思春期。
そのときだった。
ドォォォォン……!!
遠くで爆発音が響いた。
村の方角。
鳥たちが騒ぎ、空気がざらつく。
火の粉が空へと上がり、黒煙が立ち上る。
爆発など、滅多に起きない。
火の魔術。あるいは巨大な何かが倒壊しない限りは。
ざわり、と呪いの剣が反応する。
レヴィは思う。
ばあちゃんの結界があったはずと。
聖なる木を中心に村を守る、由緒正しき封印の術。
強力な精霊の加護により、村の周囲には魔物の侵入を防ぐ、鉄壁の結界。
高台に上り確認すると、村の門のあたり。すでに一部の建物が炎に包まれている。瓦礫が散乱し、人々の叫びが空に響いてる。
レヴィの目が見開かれる。
「……入ってる。村の中に……もう……!」
巨大な何かが。
──オーガ。
文明の破壊者。欲望の権化。
村を滅ぼす魔の種族。巨躯、剛力、獣のような欲と、地響きと共に現れる恐怖の存在
そして何よりも、でかい。
怖気がするほどに。
村の北門――石造りの見張り台が、木っ端微塵に吹き飛んでいた。
爆音の正体はそれだった。
結界の残滓が村の周囲を漂う。
村へと走るレヴィは思わず村の戦力を思い浮かべた。
村人全員でかかってなんとかなるのか。
相手の戦力は村の結界をぶち壊すような化け物。
危機感が答えを告げる。
──村が終わる。
『ぐおおおおおおおおおッ!!』
怒声。耳を打つほどに大きい。何度も空気を裂く。
村人たちは、その暴力と死の象徴に、恐慌して逃げ惑う。
まともに戦える者はいない。
蜘蛛の子を散らすように逃げるしかない。
オーガか踏み出す一歩ごとに地が揺れ、畑が崩れ、腕が振るわれるたびに家の屋根が吹き飛んだ。
滅ぶ。
なすすべもなく。
蹂躙される。跡形もなく。
村の滅びが形を成している。
レヴィが村に駆けつける。そして──
ばあちゃんが、オーガの棍棒の餌食となっていた。
魔力障壁が破られた音が残酷に辺りに響く。
吹き飛ばされ、地に付し、倒れたまま動かない。
生死の確認はできない
オーガは、ばあちゃんの脇を抜けて、さらに村の中央を、目指す。
レヴィは。そこで初めてばあちゃんに駆け寄った。
「……レヴィかい?逃げな。」
血が、すごい。
死ぬ、死んでしまう。
「だ、だめだよばあちゃん。回復魔術を、自分に。」
「レヴィ。あんたは優しい子だ。村のためにいつも、頑張って……あたしも、みんなも感謝してるるよ。……ありがとうね。」
「自分の身を案じてよ。いいよ。俺のことは。」
「レヴィ。ノアを、頼んだよ。」
時間がない。
命がうしなわれてしまう。
手がない。
「レヴィ。逃げるんだ。だめだ。あんたまで失ったら、村は──」
殺意が、視界を塗りつぶす。
(このクソオーガが。絶対に潰す。)
最短かつ、最高効率で。
レヴィは立つ。
全力の権能でぶっ壊れても構わないと覚悟して
だが
(ばあちゃんが死んじまう。殺意ではだめだ。)
すでに検証を終えていた。殺意では呪いの剣の権能を十全に引き出せない。
呪いの剣は、取捨選択された思いの純度に応じて、能力の解放度合いが高まる性質がある。
彼はすでに選んでいた。選択を終えていたのだ。
乳だ。
どんな悲しい場面でも、どんな最悪な場面でも、彼はその想いを抱いて戦うしかない。
ばあちゃんが死にかけてる時ですら。
片方を取れば片方を選べない。それがその選択の、普遍的な法則だった。
レヴィは、最初の最初から乳しか追ってこなかった事を今初めて後悔した。
それが、本当の呪いなのかもなとレヴィは思った。




