53話 二つの剣2
レヴィは思った。
(剣を拾ってからいろいろあったけど、ずっと思っていたことがある。最近、さらにそれをよく考える。)
──死ぬ時に、きっと俺は乳を思うだろう。
今がその時だ。
俺は死ぬだろう。故に──
思わなければならない。
最後まで。
最後まで思い抜くのだ。
セレネは、確かに似ていた。レヴィが幾度となく見た幻影の女戦士に。
彼女の魂が顕現したのだから、セレネが彼女に似ているのは、それは当たり前といえば当たり前のことだった。
セレネは、呪いでつくられたであろう黒い鎧を纏い、天を貫く巨大な剣を、風の大精霊であるシルフィリアの膨大な魔力で生成する。
それを、躊躇なく、動けないレヴィに振り下ろしはじめた。
レヴィは、痛む体と、恐怖で震える手で剣を握り直す。
「うるせえんだよ……ごちゃごちゃ……ごちゃごちゃ……」
「しがみつくのはおすすめしないよ。死ぬ事になるから。」
「うるせえ」
「逃げれば、命は守れるだろうね。」
「逃げるわけねえだろうが。死なないだけだ。剣は奪われる。」
「まあね。逃げないなら、死になよ。」
レヴィはぼやくように言う。
(最後まで思い抜くんだ。俺はそれしかできない。それしかできなかった。)
レヴィは叫んだ。
「はやく見せろってんだ。何ひよってんだよくそ剣が。パイオツを見せない剣に価値なんてねえんだよ……!はやく見せやがれ!!!」
呪いの剣は答えた。
黒い奔流がさらに高まる。
終末の光景がレヴィの視界に映されていた。そしていつものように女戦士が戦っていた。
そのパイオツは、確かに変わらぬ姿で揺らめていた。
それだけだった。
(だけど。)
それは、たったそれだけの事。
それは、たったそれだけの事に過ぎなかった。
レヴィに対して何かするわけでもない。
幻影の中でただそれは揺れているだけ。
でもそこにある焦がれは、確かにレヴィを前に急き立てる。
「いつだってこうしてきたんだ。ぐちゃぐちゃになったって……全部失ったって、死んでもいいと思った時もいつもだ。
今更、なんもかんも引き受けますって言われて、全部渡せるか。早く呪いをよこせクソ剣。
それしかできないだろうが!!ぶち折られたいのか!!!」
そして、レヴィに巨大な闇の塔のごとき刃は振り下ろされた。
音が消える。
――呪いの奔流が押し寄せ、レヴィの意識を呑み込もうとする。
闇は膨張し、光は霞み、何もかもが虚無に沈もうとする。
その引き裂かれるような奔流の中、レヴィは震える手をそれでも伸ばしていた。
引けない。
引けなかった。
それしかなかったから。
いつだって、何もかも無くした時だって、どれだけ辛くたって、心の底から馬鹿らしくても。
今この瞬間に死んでしまうとしても。
ノアに、謝れなくても。
それでも
(こうしてきた。こうするしかない。)
それは馬鹿げた執念でしかない。手が震える。
だけれどまっすぐに。
それは「乳」へと向かう愚かさであり、
同時に――決して折れぬ希望の形そのものなのだから
「……これが……俺の力……!!……俺の……俺だけの真実。」
レヴィは、はっきりと理解した。
真実とは、理論でも魔力でもなかった。
欲望であり、憧れであり、守りたいものへの直線的な執念だった。
どれだけボロボロでも、それを見失ったとしても自分をせき立て続ける核心。
レヴィの目が光った。
胸の奥で燃え上がる想いが、全身を駆け巡る。
そして、スキルが、終極の力として発動した。
名は、自然と口から出た。
「終極≪パイオツ斬≫」
レヴィを飲み込まんとする瘴気の刃を切り裂き、世界の法則をねじ曲げる。
対象に、レヴィの思う理想の乳のイメージを叩きつける、比類なきスキル。
真実を問われているのなら、引けない。
何もなくても、見続けると、あの時選んだのだから
セレネは叫んだ。
「それだ!!!!私はそれがわからない!!!!その意味がわからない思いで、乳を思う気持ちで、何故それほどまでに剣の権能をあつかえる!?!?」
「決まっている!!パイオツの前には全てが瑣末な問題に過ぎないからだ!!!!」
レヴィは即答で叫ぶ。
「パイオツとは包み込むものだ……それが……パイオツ……!これこそが俺の理想……パイオツは、あらゆるものを超越する!!!!」
「いや、だから意味が!!」
希望も、呪いも、死も、全ては些末な問題に過ぎない。
乳への想いの前では、全ては飲み会の前のオツマミのように全てが些末な問題。
それを、現実に落とし込むスキル。
それこそが終極。
それこそが終極≪パイオツ斬≫
巨大な黒い津波が、生まれた。
襲いくる巨大な乳が、完全にセレネのワールドエンドの刃を押し返そうとしていた。
「シルフィリア!!!!なんとかして!!!!」
『なんでここで、私に泣きつくのよ!!!あなたがなんとかしなさいよ!!!!』
「いいんですか!?これに飲まれてもいいんですか!?!?」
大小様々な乳が、混沌を描くように入り乱れていた。
『絶対に嫌かも……!?セレネ!!支配を解除して!全面的に同意する!!!契約する!!』
「すいません!!!
『ホントよ!!』
同意は成った。
シルフィリアとセレネの力が合わさる事で、ワールドエンドの出力を持ち直す。
乳のイメージを切り払う。
だが。そのイメージを振り払っても形を変え、まとわりついてくる。泡のように。夢のように。
「いやーーーー!!!!」
『もう無理!!時間は稼げた!私は逃げるからね!!!!セレネ!!!!』
「ひーどーいー!!!!
『自業自得よ!!!!てゆーか、私を支配した事、許してないからね!!!』
「今言わないでくださーい!!!」
『死ね!!!!クソセレネ!!!』
荒廃した戦場に静寂が訪れた。
振り払ってもなお、顕現する、無限の乳のイメージ。
それが黒い巨大な塔の如き剣を侵食していた。
「乳は何度でも、蘇える。それは空と同じだ。どれだけ雨が降ろうとも、いずれ闇は晴れる。」
その衝撃で、セレネから分離したシルフィリアは思った。
命からがらに、その奔流のから身を投げ出すように空をかけて、思う。
巨大な剣が、巨大なパイオツに埋没していた。
「…」
「つっこんでいー!?ねー、ツッコミ入れていいかな!?!?」




