52話 二つの剣
レヴィは剣の権能を開放した。
剣から黒い瘴気が放出され、レヴィの体を覆う。
シルフィリアは解放せねばならない。
だがどうしても気になる事があった。
レヴィは女の持つ剣を見た。
「気になるかい?この剣が。」
「……」
「レプリカだよ。その剣の。呪いは現実を侵食する。その権能で作りあげた模造品。だから出力は到底、君の持つオリジナルには及ばない。強度もね。」
(レプリカだと?)
彼女の纏う闇は、レヴィのそれよりも、激しい。
(俺と同じ……)
いや、これは。
(俺よりも……はるかに。)
彼女の体を覆う闇が躍動する。
瞬きするより早く、女は動いた。
(は、や──!!)
身を翻す。
避けられたのは完全に運だった。
続けざまの連撃。その斬撃をなんとか、やり過ごす。
(台風かよ!!)
呪いの負荷を高める。
同時に重圧と幻覚がレヴィの体を襲う。
魔力が体内に押し込まれ、心臓が早鐘のように打ち、呼吸が浅くなる。
セレネは跳躍し、レヴィの首元に剣を振り下ろす。
避けた時に、足を滑らせた。
(やっべ……)
レヴィは黒い魔力を触手のようにして周囲を薙ぎ払った。
以前森で戦ったシヴェルの権能だ。
この触手は生命を吸い、強い破魔の力を持つ。だがそれよりも、攻撃範囲が相当に広い。
一気に周囲へと呪詛をまき散らしながら、薙ぎ払う。
セレネはすでに攻撃範囲から逃れていた。
距離をとり、油断なく剣を構えている。一切の隙はない。
それどころか、次の瞬間には攻撃に移る態勢ができている。
「私の知らない権能だねそれ。私の後の所持者の権能かな?」
レヴィは肩で息をする。
(まずい……今までの奴らとは、桁が違う……相手になってない……殺される……)
「レヴィ君。私がどうやって、世界を救ったか見せようか。」
すでに見たくなかった。
今の数合でレヴィは嫌という程、力の差を理解させられていた。
「シルフィリア。薙ぎ払え」
女を中心に風の渦が巻き始めた。
森を裂きながら風が広がる。
「……そ、それは反則だろ……まずい……!」
森の空気が、一瞬で切り裂かれた。
女の手から放たれた風の質量攻撃が、レヴィに吹き荒れるように、叩きつけられた。
「剣から顕現した時、狼だったんだ。それはそれで楽しかったけど、シルフィリアとの契約が切れてしまっていてね。」
女は歩く。
森がシルフィリアの魔力によって薙ぎ払われ、破壊の爪痕が道のようになっている。
レヴィはその道の果てにいた。
「さっき人間に戻れた時、ついでに再契約したんだ。彼女の力は呪いの剣に匹敵する。その呪いの深度で、防げるかな?レヴィ君。」
女は手をかざした。風は木々をなぎ倒し、地面の落ち葉や倒木を巻き上げながら、レヴィの体を再度直撃した。
女は幾度となく、風の渦で何度も追撃で放つ。
息をつくまもない。
レヴィは吹き飛ばされながらも必死で呪いの剣で防御する。
戦場はまるで嵐のように変貌していく。
翻弄されながらレヴィは思う。
(……恐ろしい事に、こいつはシルフィリア様と使役の為の契約を交わした。それに加えて呪いの力を使いこなす。)
幾度となくレヴィは吹き飛ばされながら、必死に息を整え、剣を握り直す。
「……笑えるほどに、やばい。……」
女はさらに一歩、レヴィの方へ進み出て、
手をかざした。
「荒れ狂え」
次の瞬間——
森全体が暴風域に変わった。
ただ、全てが薙ぎ払われる。
破壊でもなく、爆発でもなく、
それは世界が初期化されるようだった。
木々は揺れ、瘴気は霧散し、
——風の女王の前に、ひれ伏すかのように。
レヴィは、剣に手をかけることすらできなかった。
呆然と立ち尽くしたあと、地に伏した。
「コード≪ワールドエンド≫」
女は手を天空へと掲げた。
黒い瘴気が渦巻き、刃の形を形作る。
それはあまりにも巨大すぎた。
先端が雲間を突き抜けており、先は見えない。
巨大な漆黒の刃だった。
レヴィは思わず息を呑む。
「は……?」
手にした剣を握る力が、一瞬抜ける。
(こんなの……どうしろ……ってんだ……)
「私はこの一撃を持って世界を救った。シルフィリアの力を借り、呪いの剣の力を引き出し、ありとあらゆる犠牲の果てに願った。」
女はそれを言った。
「真実を。」
「真実だと……」
「ありとあらゆる絶望を切り裂く力をよこせ。それが私の真実だ。」
レヴィは思った。
(すげえ、真実っぽい。)
限りなく真っ当な、真実らしい真実。
「シルフィリアに聞いたよ。君はパイオツへの想いで剣を制御する。呪いを。パイオツで。本当に笑かせてくれる。笑えないほどに。」
「うるせえ……」
「天を落とし、地を割り、世界を滅ぼし尽くす悪魔がいたんだ。それを殺しのけるのが呪いの剣。その剣を使いこなす事が、世界を救うってことだ。レヴィ君。きみは剣にふさわしくないと私は思う。」
「うるせえよ……そんなことはわかってんだ。」
でも、これしかなかった。
色々試した。
もしかしたら、もっと高尚な想いで呪いを制御できれば、村も滅んでいなかったかもしれない。
(それだけじゃない。)
ばあちゃんをオーガから守れていたのかもしれないし、ノアだって切っていなかったかもしれないのだ。
でも、すでにレヴィは選んでしまっていた。
それしか選べなかった。
それしか、なかった。
「そのでかいのが、世界を……救った剣ってか……?」
「そういうことだね。」
レヴィは思った。乳を思い、迷走してるだけの自分とは、格が、違う。
女は世界を切り裂く力をレヴィに向け振り翳していた。
絶望を切り裂くために。
英雄。
その言葉が思わず浮かぶ。
「私は、どうやら私はやり遂げたらしい。この空を守り、死んだ。そして呪いの剣から蘇るなんていう、よくわからない運命が起きた。」
女は、レヴィの顔を見た。
「そして知った。世界はどうやら繋がっているようだ。」
女は微笑んだ。
「故に代わるよ。レヴィ君。力づくでも。だから、その剣は私のものだ。君の役目は終わりだ。」
──覚悟はあるか?この力を前にしても、立ち向かう覚悟があるのか?
レヴィは問われていた。
呪いに。そして呪いの剣と歩んできた全てに。呪いの力を纏った伝説の女戦士に。
終末の光景が、レヴィの前に広がっていた。




