51話 ない剣戻る剣
レヴィは目を覚ました。
辺りを見渡す。
シルフィリアがいなかった。
狼の姿も、ない。
「いねえな……。」
まだ魔瘴の森の魔物の駆除は終わっていない。
自由すぎる精霊の女王の、飛び道具になる覚悟は終えていた。
「探すか……。」
レヴィはトボトボと歩き始めた。
(喧嘩したかなー)
戦いの痕跡があった。
どれだけ激しく戦ったのだろうか。
森がなぎ倒されており、地形が変わっていた。
(シルフィリアにあやされ過ぎて、狼が切れた。ありうる。)
失礼な事を考えながら、レヴィは歩いた。
森は瘴気に侵されていた。
ペンキをぶちまけられたように、黒く、形状が変質し、木々が黒く奇妙な形を描いている。
まるで以前の魔障の森に戻ったようだった。
呪いを辿るように、レヴィはさらに進む。
ほどほどに森を進んだ。
開けた場所。
そこには、―人の人間がたっていた。
それも、女性。
漆黒のような黒い鎧を纏っている。
「やあレヴィ君。待ってたよ。」
「……誰だ?あんた。」
「見覚えがあるはずだよ。君は。私を。もっとも、会った事はないかもしれないけど。」
「見覚えは……ある。」
「だろうね。」
その女は、しっかりした足取りでレヴィの元まで歩いてくる。
確かに見覚えがあった。
確かに会った事はない。それはわかる。
射貫くような視線。一目で強者とわかるそのたたずまい。凛とした姿。
今だかつて、こんな剥きだしの刃みたいな人間に出会った事などない。
だが確かにレヴィには、見覚えがあった。
(似ている……あまりに)
──終末の光景に出てくる、あの女戦士に。
違いは、鎧の色が蒼銀ではなく漆黒。
「レヴィ君。きみは何度も見てきた。終末の光景を。そこで戦う一人の戦士の姿を。」
「呪いの剣は、終末の光景を映す為の装置だ」
「違う。呪いの剣は選定の為に呪いを見せる。絶望の光景は、その副次品だ。」
「……」
「さらに言えば、剣の幻覚は、歴代の所持者が感じていた絶望を元に構成される。つまりその原初の光景は、最初の所持者たる私の絶望ってわけだ。無限に戦い続ける光景を君は目にした。何度も。」
「待て……あの、光景が、あんたが経験した絶望だと……?」
「そうだね。無限に続く戦い。無限に続く絶望を、私は戦い続けた。その剣を持ってね。」
剣の幻覚は多彩だが、やがて一つの幻覚に辿り着く。
導くように。
終末の光景へ。
女は剣を持っていた。
レヴィの持つ、呪いの剣とよく似た、黒い刃を。
「はじめようか。今代の呪いの剣の所持者。レイヴァルザドル。私に君の全て示せ。なぜなら」
断罪するように、彼女はそれを言った。
「剣の中から私は見ていた。君の全てを。君が罪を犯すまでの全てを。そして私は、君の全てを一切、認めていないのだから。」
女は剣の権能を開放した。
剣から黒い瘴気が放出され、女の体を覆う。
対してレヴィは剣を構えたまま、動かない。
「権能を解放しないのかい?」
「戦う理由がない。」
「へえ。笑えるほどに甘い。これが今代の所持者か。」
「剣で誰かれ切りつけるような人間じゃないだけだ。」
セレネは笑った。ひとしきり笑うと言った。
「笑える。悠長だねレヴィ君。おいで。シルフィリア。コード≪精霊顕現≫」
セレネを中心に風の渦が巻き始めた。
森を裂きながら風が広がる。
黒い瘴気がうねる渦となり、やがて形を変えた。
さらに風が強まり、レヴィの体を叩く。
漆黒が混じる逆巻いた風に応じるかのように、セレネの体が宙に浮き始める。
彼女は後ろから抱かれていた。
シルフィリアに。
「契約には2種類ある、同意と、支配。支配は精霊に負担を貸す。存在を揺るがすほどに。」
「……まさか……!」
「同意を求めたけど、ひどく暴れてね。支配した。意味はわかるよね?」
シルフィリアが悲鳴のような叫びを上げる。
「◼️◼️◼️◼️!!!!」
シルフィリアを中心に、光と瘴気が混ざる風の渦が、吹き荒みはじめる。




